神生み国生みの時代.1

2019.11.20 Wednesday 09:04
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    一、承 前

     著者は第一節に於て、宇宙の根元的働きに就て述べて、これを三つの次元に分けたが、何事にも中心が存在するものであって、この三つの次元にも各々中心をなすものがある事は何人と雖も認め得る処であろう。そこで第七次元の中心とは、科学的に言えば潜在エネルギーであって、神学的に言えば主神でありこの潜在エネルギー即ち主神は単に第七次元の中心であるばかりではなく、第一次元に於ても当然中心となる可きものである。然し次元が異なればその働きに応じて中心は現象的には異なって来る場合もあるが、これは客観的立場より言い得る事であって、主観的立場より見た場合は、永久不変のものである。そこで客観性を尊重して各次元に於ける中心となる可き働きを中心と認める場合は潜在エネルギー即ち主神の代表力、代表神と認める事は、主観、客観相方の立場より見るも妥当せるものと考えられるのである。
     右の説を認めたる場合は第一節の第七次元の世界より第五次元の世界に至る中心となる働きは何かと言うに、
     第七次元の世界―潜在エネルギー―主神
     第七次元の世界―潜在エネルギー―宇麻志阿斯訶備比古遅神(ウマシアシカビヒコヂノカミ)
     第七次元の世界―潜在エネルギー―国常立神(クニトコタチノカミ) と言う事になろう。
     即ち国常立神(クニトコタチノカミ)は宇麻志阿斯訶備比古遅神(ウマシアシカビヒコヂノカミ・生命力)に協力し宇宙の万物の基礎となるからである。更に第一節を科学的に見た場合は、0なる潜在エネルギーは+−の0となる故に、+なる働きと−なる働きが協力する事によって、次の+−なる新たな働きが起るのである。原子論によりこれを見る時、陽子と陰子の働きに他ならぬのである。然して、物質科学の説く処によれば
     陽子は 質量―陰子の1840倍
          直径―陰子の幾百分の一
     陰子は 質量―9.02×10マイナス10乗g
          直径―2×10マイナス10乗cm
    であるとの事であって、判り易く言えば、陰子は陽子よりも大きいが力が弱い事となり、陰子は目に見えるが力が弱く、陽子は目に見えぬが力が強いと言う事になる。陽子を非物質的と言えば、陰子を物質的と言う事が出来る。そこで非物質的の働きをするものと、物質的の働きをするものとの協力により、新しきもの(働き)が生起するのである。その場合、二者の内何れが主となるかと言えば、力の強い方が主となるのは、これ又当然の事であって、陽子と陰子との働きは、陽子を中心として陰子が活動する原子の構造によっても判明する事である。伊邪那岐(イザナギ)、伊邪那美(イザナミ)の両神の場合、前者は陽であり、後者が陰である事によって、前者が主たる事が判るであろう。
     即ち第一節中、第五次元の世界働き、神名によるも陽陰一組づつの神名があるに見て陽、陰相反する二つの働きが凡ての基礎となる事である。そこで非物質的働きを霊と見、物質的働きを体と見る事も敢えて読者は反対されないであろう。
     霊とは見えぬものであり、かくれたるものであり、幽すかなるものであり、即ちカであって、体は見えるものであり、現われたるものであるからミである。霊体(カミ)とは神(力・或は働き)であって、この霊体の働き(むすび)により、次々に新たな働きを生起するのである。
     以上陽陰二つの組合せに就て述べ、次項の理解の一助とするわけである。

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    宇宙の根元的働きの時代

    2019.11.19 Tuesday 09:17
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      主神

      潜在エネルギー

       現在の唯物科学の依れば凡ての物質は九十余(今日では一〇二と言われる)の元素より出来ていて、この元素は原子より出来て居り、この原子は滞陽電気(陽子)を核として、その周囲を滞陰電子(陰子)が回転しているとされている。故に万物の根源は陽子と陰子であり、この二元は究極する処、陽であり、陰である処の一元に帰する訳である。
       即ち+と−であって、+−になった0が万極の根元と言える0は何等働きの無い空の無では無く、+−を発する無であって、所謂潜在力である。科学的に言う潜在エネルギーが之である。
       この潜在エネルギーが神学的に言えば、主神である事は、この力の活動によって一切の物が出来た事によって明瞭である。
       高御産巣日神(タカミムスビノカミ)―エーテル体 非物質的働きの総称
       神御産巣日神(カムミムスビノカミ)―物質的働きの総称
       前者が陽子(+)の働きであり、後者は陰子(−)の働きである。
       これはその名称より判別出来るのである。(詳細は各論で述べる)
       宇宙の万象はこの陽陰二つの組み合わせによって出来たものであって、この働き(組合せ)を大略すれば次の如くなる。
       イ、 +同志の組合せ
       ロ、 +と−の組合せ
       ハ、 −同志の組合せ
       二、 イ乃至ハ間に於ける種々雑多な組合せ
       右組合せの内
      ロの組合せによって生命が生じた。これを、宇麻志阿斯訶備比古遅神(ウマシアシカビヒコヂノカミ)と言う。
      ハの組合せによって、原子、元素竝び無機、有機等の物質的働きが出来た。これを国常立神(クニトコタチノカミ)、豊雲野神(トヨクモヌノカミ)と言う。
       イの組合せによってエーテル体の働きが出来た。これを天常立神(アメノトコタチノカミ)と言う。
       右神名については各論で述べる。
       かくしてロの組合せ、即ち生命中の組合せによって四ヶの個別の生命が出来た。
       即ち、
       1、植物の性分を司る 角杙神(ツヌグヒノカミ)
                  妹活杙神(イモイクグイノカミ)
       2、動物の性分を司る 意富斗能地神(オフトノヂノカミ)
                  妹大斗乃弁神(イモオウトノベノカミ)
       3、動植物の一貫する 淤母陀琉神(オモダルノカミ)
         生命を司る    妹阿夜訶志古泥神(イモアヤカシコネノカミ)
       4、動植物を通じ進化 伊邪那岐神(イザナギノカミ)
         発展の原因を司る 伊邪那美神(イザナミノカミ)
       以上は陽子(+)を主とする働き
      之を神名を以て表わせば角杙神(ツヌグヒノカミ)より伊邪那美神(イザナミノカミ)に至る四組八神である。
       ハの内の組合せにより国常立神(クニトコタチノカミ)、豊雲野神(トヨクモヌノカミ)の働きが出来、その組合せにより、土壌の性分を司る働きで、之を神名を以てすれば、宇比地邇神(ウヒヂニノカミ)、妹須比智邇神(イモスヒヂニノカミ)である。
       斯くして森羅万象、即ち生物、無機物、有機物の創造される準備が出来た訳である。茲で注意すべき事は、生命と生物とは別のものであって、生命は物質を離れても永久の存在であり、物質もまた生命を離れてそれ自体永遠の存在である。科学では、生物に死なる現象が起れば一切無に帰すとしているが、実際は生命(エーテル体)は物体を離れて永遠の存在であり、物体は生命を離れて永遠の存在である。(元素、原子として)
       前述した処を次元的に見た場合は、三つの次元に分ける事が出来ると思う。即ち、宇宙の始め、潜在エネルギーのみの次元、これが最高である。之を第七次元の世界と称えよう。次の次元とは第七次元の世界の潜在エネルギーの組合せにより、生命竝に原子、元素、無機、有機物の働きを司る働きが起った事である。之を第六次元の世界と見る事が出来る。即ち之に神学的説明を加えれば、第七次元の世界とは、主神の世界であり、その力を高御産巣日神(タカミムスビノカミ)と神御産巣日神(カムミムスビノカミ)によって代表されるのである。
       第六次元の世界の神々は、生命を司る宇麻志阿斯訶備比古遅神(ウマシアシカビヒコヂノカミ)、エーテル体を代表する天常立神(アメノトコタチノカミ)、原子竝元素の働きを司る国常立神(クニトコタチノカミ)、有、無機質を司る豊雲野神(トヨクモヌノカミ)と言う事になり、森羅万象創造の基礎的準備が整った訳である。
       斯くしてこの生命と原子、元素の組合せにより生物竝物質を創造される事となるが、その前に予めその生物にも千態万様である故に、それぞれに適応する欠く可からざる働きに応じて、その各々を司る働きとして、角杙神(ツヌグヒノカミ)以下 伊邪那美神(イザナミノカミ)に至る十柱の神名を以てこれを示されたのである。以上の意味から十柱の神々の働きの基礎が出来る間を第五次元の世界と見て差し支えないと思うのである。
       然しこの三つの次元の世界は勿論、人間の五感等により察知しあたわぬ世界なるにより一つの次元として見る事も差支えはあるまい。
       次の第二節よりは人間の五感により識別し得る事が多くなる故非常に面白くなると考えられる。
       

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      救世自然農法.2

      2019.11.18 Monday 09:12
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        五、救世自然農法の5つの条件(比嘉照夫)
         この大自然の解釈を前提として、明主様が説かれた御教えの中から、地上天国を建設するために必要な農法とはどういうものかということをまとめていきますと、救世自然農法の5うの条件が出てきました。
        /祐屬侶鮃を維持増進する食べ物を生産すること。
        ∪源瑳圓半暖饉圓料佇に経済的・精神的メリットがあること。
        Cでも実行でき、かつ永続性があること。
        ぜ然を尊重し環境保全に責任をもつこと。
        タ邑の増大に伴う食糧生産に責任をもつこと。
         ,両魴錣蓮化学肥料や農薬はもちろん家畜の糞尿など、環境や人体にとって有害なものを使って生産することは禁止されています。有害なものでも有用なものに変わった場合は、自然の許容範囲という見方をしても構いません。例えば家畜の糞尿を含めた有害な状態のものを浄化し、転換していくのも自然の役割ですが、それを速効化するのがEMの働きです。EMで処理し悪臭が消えれば、害のある糞尿ではなく、次の世代の有用な材料に遷移しているという証明です。 
         △両魴錣蓮¬声舁佑漏據硬傾馭清箸噺世錣譴討い泙后自然農法を実践し本当に週休3日、週休4日の楽々農業を証明できなければ、明主様の自然農法ではありません。消費者が安く喜んで買うことができ、安く売って低コストで楽々できるという経済性がなくてはいけません。生産者はこの仕事をして最高だという精神的な喜び、消費者はこの農産を買って食べれば本当に健康が守れるという感謝、そういう精神的メリットがお互いに成立しなければ、本当の意味で病貧争を絶無にする地上天国建設のための自然農法にはならないわけです。
         の条件は、簡単にできて永続性があるということです。継続するほど土は熟練工になって、土が肥料の塊みたいになって連作も可能になる農業です。土壌にEMを入れると、ミミズが沢山湧き蘇生型の土壌に復活し、無耕起栽培でも土の力はどんどん上がっていきます。除草問題は、草が生えてくれば、EMを応用することによって、これを有機質源として有効に利用することが可能となります。
         い両魴錣蓮現在の農業は化学肥料、農業、そして大型機械が中心となっていますが、この農法はたくさんの自己矛盾を生み出しています。その結果、地下水を汚染し、環境を悪化させるなど、不幸を集積する形になって、社会問題をたくさん生み出して、これをかい解決するのに多額の予算を必要とするという自己矛盾の最もたるものとなっています。
         イ両魴錣蓮¬声舁佑蓮◆嵜斥佑人間を作られ、生きてゆけるだけの主食を与えられた。したがって、人口が如何に増えても必要量だけは必ず生産される」と説かれ、必要な食糧を供給するカギが自然界に仕組まれていると言われています。
         この仕組みを実現し、世界の人口増大の要求に応え得るそのスタート的役割を果たすものがEMであり、この5つの条件をクリアできる農法を救世自然農法と言っています。
        六、現界突破の時代
         これまでの自然農法では、慣行農法の収量に追いつけ追い越せという考えがありました。しかし、平成3年頃から慣行農法よりも収量が多く、コストは4分の1、中身が美味しく、食べた人が本当に健康になる、そして農業が楽しくなるというような自然農法が生まれてきました。そのことを称して限界突破という言葉を使っています。
         限界突破のもう一つの意味は、作物が持っている通常の品種的概念、遺伝的概念を越えてしまっているということです。例えば、通常ミニトマトは1房に、30個位しか付かないのが、300個も付いたり、従来の自然農法の稲作では、反5、6俵から頑張って8、9俵位で慣行農法の収量を超えることが難しかったのが、それぞれの地域での最高収量を上回るような結果が生まれてきています。
         栽培の方法も、稲作では無耕起、無除草が成功し、畑作では家畜の糞尿をEMで徹底的に浄化させて使用するなど、土壌中のEM密度を上げていけば、今までの常識を超えた成果が出てきます。これは自然の力を集約した本当の意味の自然農法に、一歩一歩近づいているということです。
         

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        救世自然農法.1

        2019.11.17 Sunday 08:51
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          一、御教えのとらえ方(比嘉照夫)
           明主様の御教えを理解させていただく場合に、大事な事は、より根本的な教え、そこから分かれて出る教えというように、教えにも根となるものと、幹となるもの、大枝、小枝となる教えがあるということです。自然農法についての御教えの場合、」「自然即神」という解釈が一番根本にあり、次に「地上天国建設」という目的命題があって、それから各論に入っていくわけです。
           しかし、人によっては各論は重視して言葉尻にとらわれ、例えば明主様が肥料迷信を打破するために強調された言葉を憲法のごとく解釈してしまうことがあります。
           自然という大前提を考えた場合、人畜の排泄物も自然に産物であることには間違いありません。明主様が強調されていることは、糞尿を有害な状態、土の能力を失わせるような状態でそのまま使うことは良くないという事です。そのままでは衛生問題の原因になり、地力が低下し、作物が不健康になり、その結果、人間にもよくないということになります。つまり、糞尿や化学肥料などにも頼り過ぎることを根本から戒めておられるのです。
          二、自然をどう捉えるか
           自然農法では、EM(有効微生物)を人工的に培養して入れること自体、反自然ではないかという質問がよくあります。しかし、これは自然についての定義が十分に出来ていない時に起きる大きな誤解です。
           人間の技術が入らず、自然任せで作物が十分育つ地球上の面積は4分の1もありません。地球の4分の3は非常に自然が厳しく作物もろくにできない土地です。北極も、砂漠も、標高の高い山頂も自然です。
           明主様の説かれた自然農法は、自然のあらゆる原理を活用して、人間の健康や環境を守り、人口増加に対して責任をもって食糧を過不足なく供給するという農業ですから、経済性も生産性も低く、人類の幸福に責任がもてないような農業では自然農法ではないわけです。また、自然農法は放任主義ではありません。自然に対応して人間の生命や環境を守り、同時に経済行為でもあるという原点を忘れると、進むべき方法を間違えてしまいます。
          三、自然の三大原則
           生命進化は無機物から始まり、微生物に到達し、それから霊性を持つ人間まできて、最終的には神様に行き着く進化の過程を歩んでいます。この進化の原則を自然と言っています。
          第一の原則 自己矛盾を生まない。
          第二の原則 自己矛盾が生まれた場合には、矛盾を解決していく能力がある。
          第三の原則 進化したレベルを安定的に維持していくために、子々孫々に遺伝子を伝えていく自己複製能力がある。
          この3つの大原則を自己完結的にクリアしているのが自然の姿です。
          四、EMは蘇生の方向性を持たせる
           EMとはイフェクティブ・マイクロオーガニズムの略で、微生物という意味の頭文字です。有用微生物群、または有用微生物群と言っていますが、完結的な生命の一番小さい単位です。
           バクテリアなど生命の一番小さな単位には、2つの方向性があります。一つは蘇生の方向で、ものをイキイキとさせていく、もう一つは破壊の方向で、ものを病気にして腐らせていく、自然界にはこの2つが常に平衡して存在しています。どちらが強いか弱いかによって、病気になるか健康になるかが決まるわけです。その方向性を蘇生型へ誘導するのEMの役割です。明主様もすでに、生きた健康な土にするための土壌動物や微生物の働きに対する認識をお持ちになっておられました。昭和26年に出版された小冊子『世界救世教教義 地上天国と自然栽培の巻』には諸外国の農業について報告が掲載されています。その中で、農業、化学肥料の及ぼす害とともに、生きている土の中には。ミミズや微生物が豊かな土にするための働きをしている点を紹介しており、明主様は「各国の学者も実際家も私の説を裏書きしている事実が分かった」と述べておられます。

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          「救世自然農法」の名称について

          2019.11.16 Saturday 09:05
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            教祖が創唱された自然農法を、平成元年(1989)年より「救世自然農法」と呼称するに至った理由は下記の経緯による。
            1.教祖が自然農法を初めて提唱されたのは昭和10年であり、当初は「無肥料栽培」といわれていた。その後、昭和25年からは「自然農法」「自然栽培」の名が使われるようになった。
             昭和40年代に入り、社会において無農薬・無化学肥料による栽培法への関心が高まるなかで、放任的農法を実施して自然農法と呼称したり、人畜糞尿を使う伝統的な有機農法を自然農法の範疇に入れる人もあり、一口に自然農法と言っても、教祖の説かれたところと一致しないものが現れた。
             また一方で、教祖の示された自然農法を忠実に守ろうとする実施者の中にも、技術の壁に阻まれて容易に成果を挙げ得ない」、いわば自然農法の長いトンネル時代があった。
            2.1989年、タイ国において開催された第1回自然農法国際会議において、自然農法の本義とは何かが論議された。それによって、自然農法の要件は、/祐屬侶鮃を増進する食べ物を生産すること∪源瑳圓半暖饉圓料佇に経済的・精神的メリットがあることCでも実行でき、かつ永続性があることぜ然を尊重し環境保全に責任をもつことタ邑の増大に伴う食糧生産に責任をもつことの5つのハードルを満たすものでなければならないとする考え方が認められ、EM(有効微生物群)を活用する技術が導入されることになった。名称も他の農法の概念と区別するため、「救世自然農法」と呼ぶようになった。
             教団においては、上記の国際会議の決定は、教祖の説かれた自然農法の原理を実証し、地上天国建設を実現するものであるとの見解に立ち、教祖の説かれた農法を「救世自然農法」の名称で普及推進することとした。
             

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            自然栽培は花でもこの通り

            2019.11.15 Friday 09:10
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               右の写真〔略〕は今度私の庭に栽培した約二百本のチューリップの中から、四本だけ枝が出た。その中の一本を写したのである。以前から私はチューリップが好きで度々作っているが、枝が出たのは今度が初めてなので驚いたのである。もちろん今までに見た事も聞いた事もないからで、しかも花は普通よりも二倍大で、色も非常に好く、赤色で水の滴(したた)るような鮮やかさなので、珍しいと思った。これは信者の人が一昨年植えてくれたもので、昨年は普通の花であったが、今年は俄然として右のような花が咲いたので、全く昨年は球根に肥毒が残っていたからで、それが二年目の今年肥毒が大いに減ったためであろう。従って来年は一層好い花が咲くに違いないと、今から期待している訳である。しかも堆肥も使わず、土ばかりでこの成績なので自然栽培の威力は花卉(かき)類でも同様である事が分る。これによってみても種子の肥毒は早く抜け、土の肥毒の方が暇(ひま)がかかる事が分るのである。従って水田なども肥毒の多い土は、客土した方がいい訳である。
               そうして寸法を計ってみたら
               上の花は 丈(たけ)が三寸   直径 三寸九分
               下の花は 同     二寸四分 同  四寸一分
               茎の長さ 二尺一寸五分

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              農業特輯号の反響.5

              2019.11.14 Thursday 09:17
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                米質の比較

                F 最初四十俵調製しましたが屑米は二升のみです。

                G (有肥)私は百俵の中屑米は二俵余りです。

                F それは成蹟の良い方だ。普通はモット沢山出ますよ。

                D この辺で沢山耕作し家族の少い家では屑米を半年かほとんど一年中食べている。今迄の百姓は屑米食べて良い米を供出している。良い米を屑米にする為に金を使い苦労しているのだから百姓は楽は出来ん。

                司会 一俵は正味十六貫と思いますが有肥との桝数の比較は。

                E 自然は三斗八升位有肥は四斗二升位入れなければ一俵には成りません。これだけでも五十俵百俵とも成れば四、五俵は違います。

                D 精米も実験して見ましたが、一斗精白して一時間経って計って見ますと自然は二合半の搗減り、有肥は一斗につき一升は搗減りします。

                E 近所で米を借りに来ましたが頒けてやりましたら三度目に満足な御飯が炊けたと言っております。一回目は御飯に成らず牛にやる。二回目は御飯らしくなったが硬過ぎて食べられぬ。三度目に柄杓に三、四杯増してヤット御飯に成ったと。

                I 近所で米を借りに来るので困るようです。試験で食べるのは貸してやるが欲で借りに来る者が多く、近所ではちょっと米を絶す場合皆自然米を借りに来る。得ですからね一升借りても一升三合分位増えますし、返す時は有肥米ですから一升貸せば三合は損をします。貸してよろこばれたり損したり悲喜交々と言うところです。


                米糠と藁

                D 米糠の自然と有肥を見分けるにはグッと握ってみれば簡単に判ります。

                F 有肥には啄木の詩のごとく「サラサラと指の間より落つ」自然のは握ると固まったままです。牛に自然の米糠が無くなったので有肥を食べさせましたが全然食べません。動物は正直ですね。

                E 牛馬の食糧は麩、米糠は要りません。自然の藁のみで充分肥りますし、毛の艶も非常に良いし、食べっぷりも良いですよ。

                D 冬の農閑期に蓑を造りますが、漂白すると真白く成り、節も短いから普通の蓑の倍位は持ちます。買う人も自然のを選んで買って行きます。

                司会 時間も大分長くなりましたので結論を一つ松本さんにお願いします。

                D 自然栽培を三、四年させて頂き、私の村(二宮村)の信者は全部実施しておりますが、初年目より減収者は一名もおりません。明主様の御教え通りそのままさせて頂けば絶対心配いりません。たとえ有肥と同じ収穫としても種々の点において七、八割以上の利益は有ります。今年は浄霊は充分にさせて頂き、その結果を今から楽しみにしております。

                司会 自然栽培こそ天国建設の土台であり農村経済及び日本の食糧事情解決の鍵であり、宝の山の鍵です。宝は田から採れる訳です。その宝の山の鍵を神様より頂いている訳ですから、充分に活用なさって下さい。ではこの辺で終りと致します。
                 

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                農業特輯号の反響.4

                2019.11.13 Wednesday 08:49
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                  一年目の心境状態
                  D 私の入信当時は浄化療法時代でしたので、自然栽培の話は全然聴いてはおりませんでしたが、人間の身体に薬が害に成るなれば化学肥料も当然害に成ると思い、自然耕作を思いたち、有肥の苗で思い切って始めました。ちょうどその時教団でも自然栽培を説き出しましたので力を得て実行しましたが、一年目より非常に好成績でした。

                  司会 御教えをお聴きする前実行されたとは先覚者ですね。

                  F 一年目は対照とすべき村の有肥田も凶作だったので家族の反対も無く、神様の御経綸の深さを感じさせられました。収穫は村で一番でした。二年目は成績良く村と比較して有肥の豊年位の収穫でした。

                  B 村役場より病虫害予防に消毒するよう通知有り、もし消毒しない場合は病虫害に罹って不作でも援助しないと言って来ましたが、皮肉にも消毒した田はほとんど黒椿病に罹り、消毒しない私の田は何んとも有りません。一般人はこの事実を見ても「成程神様作りは違うものだ」位で中々真似して作る気持には成りません。

                  司会 家族の反対は……

                  F 家内中自然組と有肥組に分れ、男組は自然、女組は有肥、秋の収穫に依り有肥側は二年目よりチンモクせり。

                  D 昭和二十六年限りで反対は終り……ただし畑作はその限りに非ず。

                  A 上坂さんのエピソードを発表します。上坂さんが父親に「自然栽培して見たいから田圃一枚だけやらせてくれ」と許を乞うたところが父親は一枚位するより田は全部お前に委せるから全耕地自然栽培するよう激励されたとの事です。

                  H 今年より頑張ってさせて頂きます。

                  自然と有肥との比較(稲の状態)
                  F 今のところでは私のは有肥の方が粒数は若干多いが、有肥は粃が多く、自然は全然無い、収穫して見ると段違いです。

                  D 自然栽培のは穂が皆立っているので上から見ると薄く見え、初めての人は心配するが米にして見て有肥よりズット多いので驚きます。

                  E 自然栽培の穂は平均に皆揃っていて、畳を敷いたように実に綺麗です。有肥の田は穂は垂れていて葉ばかりなので、厚く繁っていて普通の人には良いように見えるが米が無い。穂も不揃いだ。

                  H それは有肥でも品種に依って違うのでは無いか……

                  一同 絶対にそうでない。

                  D 刈取って乾燥する場合も有肥より一日早く乾きます。
                   

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                  農業特輯号の反響.3

                  2019.11.12 Tuesday 08:43
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                    司会 新潟の農家に比べると割合少いですね、新潟では二千円前後、篤農家と言われる人達は三千円前後使うそうです。篤農家も濁りを付ければ毒農家と成りますからね。

                       全耕地自然栽培者(一部実施者は除く)
                     姓 名   年 数 実施面積  二十六年度反当収量  村平均反当収量 
                     D     三年目 一町五畝   八俵一斗      七俵
                           四年目
                     F     二年目 一町四反三畝 八俵一斗五升    七俵

                     E     二年目 九反歩    七俵半       七俵
                           三年目
                     B     二年目 九反一畝   七俵五升      六俵三斗
                           三年目

                    浄霊に就て

                    司会 提出の報告書を見ますと浄霊はほとんどしないようですね。浄霊の回数は何度位……

                    D 浄霊しないと書くのも体裁が悪いので一度と書きましたが、田圃に対しての浄霊はほとんどしておりません。

                    F 村人の手前気まりが悪いし、稲に対して手を振るものなら、気狂いに成ったと大変ですよ、家族も「昼間手だけは振ってくれるな」と言うものですから浄霊は全然して有りません。

                    司会 皆さんも同調者ですね。

                    一同 相済みません……(笑)

                    司会 しかし結果において収穫も多く一年目より減収者一名も無く、二年目、三年目と順調な成績にて、信仰者で無くも誰れでも穫れるという明主様の御教えの裏付けをなされた訳ですね。今年は反対に大いに浄霊に依り土を浄めて頂き、その結果を来るべき秋に期待しております。
                     

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                    農業特輯号の反響.2

                    2019.11.11 Monday 08:39
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                      苗代に就て

                      司会 各地の信者さんが初めては苗の伸びが悪くて困るという事を聴きますがその点について。

                      E 苗代の解決が先決問題です。苗取りに一番困ります。佐渡の習慣としては男は苗採りはしない憲法なので、吾関知せずで済みますが、家内の者が近所の家の有肥田に苗取りの手伝いに行き帰って来るとセメテ苗代だけでも何んとかならぬかと口説く。

                      D 無理は無いです。根は長く張ってるから引っ張ってもバリバリして中々取れない。上手に取らぬと茎が切れる。束にすると根ばかりで大袈裟に言えば松葉に根を付けたようなものです。

                      F 苗半作と言いますから良い苗を作る事が肝心です。

                      D その原因は苗代は先祖代々同じ場所を用い、普通田より特に肥料を沢山使用する為肥毒が沈澱して層を成している。私は違う場所を苗代田にしたら非常に良い成績だった。

                      E 苗代は先祖より水利の便、水路の関係、日当り、住居との距離、土壌、他人との利害関係を考慮、一番適当の場所を苗代田としておりますので困難が伴います。(一同同感)

                      司会 皆さんは自然栽培の先祖と成る訳だから苗代田もその意味において新しい先祖苗代田を造るべきですよ。植付する時の苗の丈は?

                      D 六月初めに植付けする時五寸位です。自然栽培の苗は丈は短いと言いますが、実際に計って見ますと、変らんですよ。自然と有肥の苗は茎の長さは同じですが、有肥のは葉が長いので自然栽培のが長く見え難いと思うのです。

                      堆肥に就て

                      司会 堆肥に就て種々の点をお話し下さい。

                      D 堆肥の肥の字が肥料という感じがして面白くない。堆の字は良いが肥の字が感心出来ないですね。明主様にお願いして新語を造って頂けないでしようか。(一同爆笑)

                      司会 皆さんも適当の名前を考えて下さい。

                      E 私は藁を短く刻んだのを用いますが、田圃に施す時期について、三通り実験して見ました。
                       一、十一月頃切藁を田圃の地と混合
                       二、春植付前に施す
                       三、藁堆肥一切用いず本当の自然
                       結果は(一)十一月頃切藁を施す。(二)藁堆肥、一切用いず。(三)春植付前に施す。この順の収穫です。十一月藁を土と混合して置きますと、春になると土がモエテ軟くなり、植付前の砕土作業も能率が上ります。

                      D 明主様の御教え通り土が肥料である事は痛切に感じられました。堆肥は肥料に非ずという事も良く判らせて頂きました。私は四年目ですが、収穫の時沢山堆肥入れた田程成績悪く少く入れた田は良い成績でした。全然堆肥用いぬ田が一番収穫が有り、十一俵半位有りました。今年は全然堆肥は用いぬつもりです。明主様の御教え通り、御神書通りに実行させて頂けば絶対間違い無く穫れます。自分で発明すると結果は悪いです。

                      G 私の家の前の田は昔より一反六畝程肥料をしませんが非常に成績良く、又昔より同じ品種を作ってますが違う品種を作ると粃(シイナ)が多く減収となります。明主様の御教えの御神書に依り連作の良い事が納得出来ました。

                      司会 こちらの農家の一反歩の肥料代はどんな程度です。

                      一同 千二、三百円から二千円位です。

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