栄養の喜劇.1

2019.05.06 Monday 09:02
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     栄養の喜劇とは随分変な題と思うであろう。私もこんな言葉を用いたくはないが外に敵当な言葉を見出せないから読者は諒されたいのである。
     抑々今日一般に何の疑いもなく信ぜられ実行されつつある栄養学なるものは、全然誤謬以外の何物でもないのである。此の誤まれる栄養学が有害無益の存在であるに不拘、最も進歩せる文化の一面と信じ盛んに世に行われているのであるから、それに要する労力や費額の尨大なる事は実に惜みても余りあると思うのである。
     私が此のような大胆不敵にして狂人とも見られそうな理論を発表するというのは、今日の現状に対し到底黙止する事は出来ないからで、以下出来るだけ詳細に書いてみよう。
     今日の栄養剤として先ず王座を占めているビタミンA、B、Cを初め、アミノ酸、グリコーゲン、含水炭素、脂肪、蛋白等を主なるものとし多種多様なものがあるが、之等を服用又は注射によって体内に入れるや一時的効果はあるが持続的効果はないのである。而もその効果たるや結局は逆効果となるのであるから栄養剤を持続すればする程人体は衰弱が増すのである。之は如何なる訳かというと、抑々人間が食物を摂取するという事は、人間の生命を持続させ生活力を発揮させるためである事は今更説明の要はない。此の点の解釈が今日の学理はあまりに実際と喰違っているのである。
     緒て人間が食物を摂るとする、先ず歯で噛み食道を通じて胃中に入り次で腸に下り、不要分は糞尿となって排泄されるのである。此の過程を経る迄に肝臓、胆嚢、腎臓、膵臓等凡ゆる栄養機能の活動によって血液も筋肉も骨も皮膚も毛髪も歯牙も爪等々一切の機能に必要な栄養素を生産、抽出分布し、端倪すべからざる活動によって生活の営みが行われるのである。実に神秘幽玄なる造化の妙は到底言葉には表わせないのである。之がありのままの自然の姿である。
     右の如く人間が生を営むために要する栄養素は総ゆる食物に含まれており、食物の種類が千差万別多種である事はそれぞれ必要な栄養素の資料となるからであると共に、人により時により嗜好が異ったり要求が同一でないのは体内の必要によるからである。例えば腹が減れば飯を食う、喉が涸くから水が飲みたい、甘いものを欲する時は糖分が不足しているからで、辛いものを欲する時は塩分不足のためである。という訳で人間自然の要求がよく其の理を語っている。何よりも人間が要求するものは必ず美味いという事によっても明らかである。故に薬と称して食いたくもないまずい物を我慢して食うことなどは如何に間違っているかが判るのである。昔から「良薬は口ににがし」等という事は大変な誤りでにがいという事は大変な誤りでにがいという事は毒だから口え入れるべきものでないと造物主が示しているのである。

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