「現代人の短命」

2019.12.09 Monday 09:35
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    「現在日本人の平均寿命は、四十四歳であるという、元来、百二十歳まで生きらるべき、定命としては、余りに短命である。
    ほとんど、天寿の三分の一しか、生きられない訳である。
    たまたま七十八十まで生きる人は、長命として、大いに祝うのであるが、かような人世へ対して人は何ら、疑問を持たないのである。
    それはその原因も、方法も、発見し得ないから、止むを得ず、諦めて居るので、それがいつしか常識にまでになったのであろう。
    しからば、この短命の原因は、どこにあるのであるか、それを、これから説明してみよう、私が、多くの健康者も、不健康者も、調査してみるにおいて、実に、驚くの外ないのである。
    それは、あらゆる人々の肉体は、ほとんど、膿汁と毒血で充満していると言ってもよい位である。
    故に健康者といえども、いつ、大病が発生するや知れない、危険の状態に、置かれてある事である。
    私は現代人が、よく生を保って居るとさえ、思うのである。
    又、これに気が付かない現代医学も、不思議であると思う、極端に言えば青白い顔は膿汁の為のそれであり、色艶の好い、油切った顔は、毒血の逆上(のぼせ)とさえ、思うのである。
    もし、このままにして進まんか、実に国家の前途に対して、寒心と恐怖に、堪えない次第である。かような、汚穢に満ちた人間が、天寿を保ちあたわぬのは、真に当然である、近来、最も多い、神経衰弱、肺結核等は、膿汁のそれが、原因であり、脳溢血、中風、リョウマチス等は、毒血の多量に由るのである。
    故に、現代人の短命であるのは、その膿毒の為に倒れるので、その膿毒に堪えられないからである。
    たとえば、重い荷を背負って行く、遠路の旅人のごときもので、路半(なかば)にして、疲労と困憊(こんばい)の極、道端に昏倒する様なものである、
    何と情ないではなかろうか、獣類でさえ大方は、定命を保ち得るのに、万物の霊長と誇る人間が、天寿の何分の一しか、保てないと言うに到っては大いに考えざるを得ないであろう、にも係わらず、医学は進歩したというのである。
    この点において、今日の宗教も、無力であると言える、何となれば寿命を延ばしてくれる宗教は、ほとんど無いからである。それは、信仰者も無信仰者も、同じ様に病気に罹り、同じ様に死ぬのを見ても、あきらかであろう。
    現代医学も、現在の宗教も、無病者たらしむる事も、天寿を全うさせる事も、出来ないとすれば、その存在価値を、疑わざるを得ないであろう。
    本療病術とは、汚穢に満ちた人類を、浄化する事業である。国民の延命運動である。
    これは新日本医術の大療法を拡充する事によって、達成されるのである。そうして、人間が汚穢を取除かれたなら、ひとり、肉体の健康ばかりではない。
    霊体合一の理によって精神も健全になるのは、当然である。
    精神が健全になれば、その人の行為は、正しからざるを得ない。
    真の人間としての、道をふむ事になる。
    いわゆる、完全人間に成るのである。
    完全人間が多数になるに従って、国家社会は、健全なる発達を遂ぐるは、必然であろう事である。 (「明日の医術・新日本医術としての岡田式療病法」より)

    category:戦前の医学論文 | by:mistoshicomments(0) | -