「乳幼児の死亡率問題」

2020.03.20 Friday 06:32
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    死亡診断書は病児の最終の病名を記載するものである。
    最初気管支炎で重症とも考えられない乳児が実は先天性弱質であったためにもろくも死亡したような場合もある。
    また消化不良症に罹って栄養状態が不良であり、次で肺炎を併発して死亡した場合診断書には肺炎と記載されるのが普通である。
    早産で発育状態の十分でない場合に消化不良症を合併した場合には診断書には消化不良症と記載される。
    また乳児が消化不良症で死亡した場合その死因は明かに消化不良症であるが、この疾患を惹(ひ)き起し遂に乳児を死に至らしめたものは母乳分泌欠乏のため人工栄養を行ったが、その人工栄養方法に過誤があったためであることもあり、また栄養方法は十分心得ておっても牛乳または優良なる乳製品を購(あがな)うべきも資をもたなかったために、あるいは牛乳並に乳製品の配給機構に不備があったために遂に乳児を死に至らしめる場合もある。
    等しく死亡診断書病名は消化不良症であってもその消化不良症を惹き起した原因には複雑多様の医学的社会的の諸原因が伏在している。
    麻疹と百日咳とはほとんどすべての乳幼児が罹患するが、この疾患のみのために死亡することはまずないのが普通であるが、麻疹と百日咳とに肺炎が併発するとその死亡率ははなはだしく高くなる。
    かく観察すれば、一人の乳児幼児が死亡した場合には死亡診断書に記載し得ざる種々様々の先天性並に後天性の原因が遠く近く働いていることを知らねばならない。
    即ち、乳幼児の死亡原因には死の直接原因または終局原因と間接原因または第一次原因とがあることを知るのである。
    しかし、第一次原因には先天性のものと後天性のものとまたその両者の混合とがある。
    次に、昭和十五年五月から九月の間に厚生省体力局において全国乳幼児一斉審査を行った成績の一部であるが、大体審査を受けたのは生後二ケ月を経たものから一年二ケ月までのもので、その数はおよそ百五十一万人でその中二割七分に当るおよそ四十一万人が注意を要すべきものであって、病気のものがおよそ十八万人、栄養不良のものがおよそ二十万人である。
    左記の表はその一部で、福鳥、茨城、奈良、香川等で査べた病気の種類であるが、これによって大体の趨勢を知る事が出来よう。
    栄養障害及消化器系疾患  消化不良症              二、九四一
                 胃腸カタル              一、五一○
                 脱腸                 一、四一一
                 栄養障害症(穀粉栄養障害を含む)     七○四
                 その他                  一三一
                 計                  六、六九七
    呼吸器系疾患    気管支炎                  一、五四一
                 感冒                   三六七
                 扁桃腺炎及肥大              一一六
                 肺炎                   一一六
                 喘息                    五二
                 肺結核                   三四
                 咽喉カタルその他              五六
                 計                  二、二八二
    ビタミン欠乏症      乳児脚気                 三九○
                 ピタミン欠乏症               一二
                 その他                   一五
                 計                    四一七
    血液及循環器系疾患 心臓病(弁膜障碍を含む)             二七
                   貧血病その他              七三
                   計                  一九○
    淋巴腺及皮膚疾患 湿疹                     一、九三六
                 淋巴腺炎及腫〔肥〕大           三一四
                 その他                  八九五
                 計                  三、一四五
    神経系疾患        脳水腫                   一九
                 小児麻痺                  一六
                 その他                   一四
                 計                     四九
    泌尿生殖器系疾患     陰嚢水腫                  七四
                 その他                    一
                 計                     七五
    眼疾患          結膜炎                  二九○
                 トラホーム                一七○
                 その他                   七四
                 計                    五三四
    耳鼻疾患         中耳炎及耳漏その他            四九四
                 鼻炎                    一六
                 計                    五一○
    伝染性疾患        麻疹                   七七九
                 百日咳                  二〇六
                 水痘                   二○四
                 黴毒                    六四
                 その他                   二二
                 計                  一、二七五
    その他の疾病                          一、一七六
    (昭和十六年四月二十三日 内閣写真週報所載)
    以上のごとき統計によってみるも乳幼児死亡率はまことに寒心すべきものがある。

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    「乳幼児の死亡率問題」

    2020.03.19 Thursday 06:30
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      「肺結核に次いで、乳幼児の死亡率は人口問題の重要部門である。
      しからば現在の趨勢はどうであろうか、左に示してみる事にする。
      昭和十二年における本邦総死亡数は百二十万七千八百九十九であって、その中乳幼児(就学前)の死亡は三十九万七千八百七十である。
      乳幼児の死亡数は実に総死亡数の三分の一を占めている。
      しかしてこの乳幼児の死亡を年齢別に観るに、乳児は二十三万七百十一、一歳は七万二千九百九十一、二歳は三万八千九百五十五、三歳は二万六千五、四歳は一万七千八百五十四、五歳は一万一千三百六十四であって小児は年齢が若いほど多く死亡する。
      逆に年齢の進むに従って死亡数は急激に逓減している。
      次に本邦の乳幼児死亡を独英米の三国についてみるに、各歳人口一万対の最近の死亡率と比較するに乳児においては日本一三○・○○、独逸八四・九九、英国七九・七八、米国六四・五○である。
      一歳は日本三九・九○、独逸九・三三、英国一七・○三、米国八・九○である。
      二歳は日本二一・二○、独逸四・四五、英国七・○二、米国五・○三である。
      三歳は日本一四・○○、独逸三・四○、英国四・六五、米国三・六四である。
      四歳は日本九・二一、独逸二・七六、英国三・六五、米国三・二五である。
      日独英米の四ケ国の比較において乳児については日本は他の三国の約三倍である。
      一歳以上四歳についても諸外国の三倍ないし五倍で、本邦の乳幼児死亡率は各歳を通じて他の三国の三倍から五倍である。
      しからば乳幼児死亡の原因は何か、乳幼児の死亡原因を、先天性のものと後天性のものとに分けて検討するに、先天性の原因に因るものはそのほとんどすべては生後一ケ月以内に死亡している。
      生後一ケ月間の生活は本格的に現世に呼吸しているのであるが、先天性の異常や疾病をもつものはその生活力が生命を維持し得ず死亡するか、未だ外界との交渉がないので環境の影響が薄く死に至るほどの疾病に罹かることは少い。
      次で生後二ケ月以後は先天性原因の残余のものが少数死亡し大部分は後天性の疾患によって死亡している。
      今、乳幼児(○−四歳)の死亡原因について昭和十三年の統計表によって観察すると、先天性と見なし得る死因としては(一)「先天性弱質」(二)「先天性畸形」(三)「分娩時による産児の障碍」(四)「早産」(五)「先天性黴毒(ばいどく)」(六)「その他の幼弱乳児固有の疾患」である。
      その数は「先天性弱質」は六万五百六十九、「先天性畸形」は三千六百十四、「分娩による産児の障碍」は三百八十一、「早産」は五千四百十、「先天性黴毒」は二千二百七十、「その他の幼弱乳児固有の疾患」は八千九百七十一であって、総数は八万一千二百十五で同年の乳幼児死亡総数三十六万五千八百五十二の中、先天性死因は四分の一強を占めている。
      次に、一歳二歳と年齢の進むに従ってその死因は後天性の疾患となる。
      この後天性死因として乳幼児期を通じて重要なる疾患は肺炎等の呼吸器疾患と下痢及び腸炎(消化不良症を含む)で、乳幼児後天性死因の二大疾患である。
      肺炎に因る死亡数は六万九千八百十六であるが、肺炎と気管支炎とは診断の明瞭ではない場合もあり、また等しく呼吸器の急性疾患であるから両者を合すると八万百六十二である。
      この死亡数は先天性原因に因る死亡数と約同数であって総死亡数の四分の一強である。
      下痢及び腸炎に因る死亡数は七万六千九十一でこれは総死亡数の四分の一弱である。
      乳幼児死亡の三大原因ともいうべき(一)先天性原因(二)肺炎及び気管支炎(三)下痢及び腸炎(消化不良症を含む)に因る死亡数は実に二十三万七千四百六十八人であって乳幼児総死亡の六割四分強に当っている。
      残余の二割五分強がその他の後天性疾患に因る死亡である。
      次で幼児の年齢が進むに従って増加する疾患は幼児期の急性伝染病であって、赤痢及び疫痢(一万四千六百四十一)、百日咳(八千六百五十三)、麻疹(四千六百四十三)、ジフテリア(二千八百七十三)等である。
      これら急性伝染病は年齢の進むに従ってその罹病率は増加する。
      以上は統計によって乳幼児死亡原因を講究したのであるが、対策の実施計画を進める場合にはかかる統計に記載の病名は医師の死亡診断書病名の集計である。
       

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      「B・C・Gの注射に就て」

      2020.03.18 Wednesday 06:18
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        「最近政府は、B・C・Gなる注射を、一般国民学校卒業後の少年に施行するということに決したということである。
        そうして同注射について、厚生省結核課、KM技師の話によればー」
        技師談
        「わが国の結核の発病状態をみると、未感染者の発病率は、既感染者に比べて実に三倍の高率で、ツベルクリン反応陰性者は、陽性者よりも発病の危険の多いことを物語っています。
        この事実からしても結核にもある種の免疫のあることが判ります。
        この結核の免疫性に着眼して、以前から人工免疫として死菌ワクチン、あるいはごく少量の結核菌の接種などが試みられたのですが、いずれもまったく無効か、却って危険を生じ成功するに至りませんでした。
        B・C・Gワクチンはフランスのカルメット、ゲラン両氏が、一九○四年牛型結核菌(牛に結核を起させるもので人間のものとは違う)の一種に、極めて毒力の弱い菌株を発見したのに始まり、これを人体に接種しても絶対に危険がないばかりか、未感染者に免疫性を付与することを証明し、それの培養ワクチン化に成功したものです。
        わが国でも十余年前より研究され、日本的検討が加えられて、今日実用化をみるに至ったわけです。
        このB・C・Gワクチンは初感染者の爆発的な発病を防止するのが目的で、既にツベルクリン反応が腸性のものには無意味なばかりか、注射した部分に副作用を起すので禁物、厳重なツベルクリン検査による陰性者だけに限らねばなりません。
        B・C・Gワクチンを注射すると、大体二ケ月位で免疫力が顕われて、ツベルクリン反応は陽性に変りますが、その免疫持続期間は約一ケ年です。
        注射の方法は、皮下皮内いろいろな方法がありますが、注射に因る副作用は皆無といえます。
        もっとも人によっては注射部に膿瘍(のうよう)あるいは潰瘍(かいよう)を生することがありますが、これも免疫力の強さの証明で心配はありません。
        わが国のように未感染者の発病率の高い国では、全く日本的性格を備えたものというべきで、今後は新たに農村から都市へ出る青少年、あるいは集団生活に入らんとする人々には必ずこれを実施するようにしたいものです。
        なおB・C・Gワクチンは、現在東京市神田区三崎町一、財団法人結核予防会健康相談所で毎日一定人員に限り診察費のほか無料で実施しています。」(技師談は以上)
        「右によってみれば、同注射は既感染者には効果なく、未感染者即ち陰性者だけに限り効果があるというのである。
        そうして免疫期間は約一ケ年としてある。これを本医術の見地から私は批判してみようと思うのである。
        私は西洋医学の療法は、一時的効果を表わすといえども、その後に到って反って病気を増悪させるものであるといったが、同注射もそうであろうと思うのである。
        そうして同注射が成功したとなし、実用化にまでなったというその理由は、昨年九月より本年六月までの期間中において、国民学校卒業者十万人に施行した所、結核罹病者は三分の一に減少し、死亡率は十分の一に激減したとの事である。
        しかしながら、僅々九ケ月間の実験によってその効果を断定し施行するという事は、あまりに早計ではないかと思うのであるが、事態はそれ程までに結核防止の急に迫られているからであって、又やむを得ないであろう。
        それは別として、私はさきに結核の原因は旺盛なる浄化作用の為であるといった。
        故に九ケ月間好結果を挙げ得たという事は、同注射液の浄化作用停止の力がいかに強烈であるかという訳である。
        即ち最も旺盛なる浄化作用である結核と、最も浄化作用旺盛ならんとする十六、七歳の少年が罹病減少という事実は、同注射の体位低下の強力なる事を如実に物語っているのである。
        従って、同注射後の状態を予想してみるに、体力の低下は勿論であるから、工員などの作業能率の減退は免れ得ないであろう。
        そうして免疫力が一ケ年とすれば再注射を行わなければならないであろうから、その結果はどうなるかというに、発生すべき浄化作用の抑圧を繰返すにおいて、漸次体位は低下し、青年にして老人のごとき体位となるであろう。
        特に女子の妊孕率(にんようりつ)は非常な低下を来すであろう事は勿論である。
        右のごとくであるにみて、一時的好結果に幻惑され、その後に到って予想し難い悪結果を来すべきは、火を睹(み)るよりも瞭(あきら)かである。
        さきに説いたごとく、種痘だけでさえ日本民族の体位が今日のごとく低下したのであるから、効果顕著とされるB・C・Gの注射を施行するにおいて、わが国民体位の前途はいかになりゆくや、憂慮に堪えないものがある。」 (「明日の医術 第1編」より)

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        「学説と現実」

        2020.03.17 Tuesday 06:18
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          「私は、右の記事が事実であるとすれば、実に驚くべき問題を提供したと思うのである。
          それはいかなる点が重大であるかというと、いうまでもなく、現在わが国民の青少年層の大部分が健康体であれば結核容疑者であり、虚弱者であれば結核免疫者であるというー二つの型であるということである。
          次に、今一つここに見逃すことの出来ない重要問題がある。
          それは何であるかーというと、今日までの学説においては、結核発病者は、生来の虚弱者即ち腺病質的児童か又は一時的何らかの原因によって抵抗力薄弱となったゝめ、その隙に乗じてかねて潜入していた結核菌が、爆発的に猛威を逞しくし始め発病するというので、これはすでに医学の定説にまでなっている事実である。
          しかるに、右の隈部氏の指示したごとくであるとすれば、今日までの医学の説は全く覆えらざるを得ない事になり、体育と医学を結びつけるーなどということは、到底言うべくして行われ難いであろう。
          しかし、万一結び得るとして、虚弱者が幸にも体育に堪え得る程度の健康になったとしたらそれは畢竟(ひっきょう)、結核容疑者の仲間入りをするという事になるから、いずれが是か非か、判断に迷わざるを得ないという訳になろう。
          再三述べたごとく、結核は旺盛なる浄化作用であるという私の理論を、右の新聞記事がよく裏書している事を知るであろう。
          次に、右の記事中にある「結核は鍛錬によっては決して防止出来るものではない」ーという一事は何を示唆しているであろうか。
          今日体育に携わるものゝ大いに考慮しなければならない重要事であろう。
          同、スポーツの選手がいかに多く肋膜炎や結核でたおれるという一事も、その原因を突止めなくてはならない。
          これは私の考察によれば、一種類の競技を持続する場合、さきに説いたごとく、その神経集中個所に毒素固結を生ずる。
          それがたまたま浄化作用により、発熱、咳嗽、喀痰等の症状発生し、医診は結核と断定し、誤れる療法によって、ついに生命を落す事になるのである。
          又肋膜炎は胸部の打撲、又は腕力、強烈なる腕の使用によることが原因である。」 (「明日の医術 第1編」より)

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          「学説と現実」

          2020.03.16 Monday 06:09
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            「昭和十八年三月十一日の朝日新聞、強兵健民欄に左の記事が掲載されていた。」
            新聞記事
            「「医学と体育の問題」ー強兵健民を目指してわが体育はあらゆる角度から再検討されているが、体育問題を掘り下げれば下げる程医学との深い結びつけの必要さが痛感される。
            ここにおいて体育、医学の両者は漸く相携えてわが国の真の体育体系の確立のために邁進せんとしているが以下この両者の意見を聴こう。
            健康と結核の関係 東京市中野療養所技師 KH氏
            「大東亜決戦下人的資源の確保増強の必要性が痛感さるゝに及んで、従来の競技を主とした体育にたいして種々の角度から批判検討が加えられつゝある。
            純体育方面の検討は、これを体育専門家に任せることゝして、われわれ医学に携わる者特に結核専門医の立場からこの問題を考察してみると、ゆるがせにする事の出来ない多くの問題が伏在していることを痛感する。
            その最大の問題は結核と体育の問題である。
            実際問題として従来青少年の体育に関して一番障碍となっていたものは結核である。
            従来スポーツの選手がいかに多く肋膜炎や結核でたおれたことであろう。
            しかもこれら選手は優秀な肉体の所有者であり、かかる者こそ強健なる子孫を多く残すことが民族的にみて最も望ましいことなのである。
            第二はこれとは全く対蹠(たいしょ)的な、いわゆる虚弱者虚弱児童の問題である。
            今までこの問題にたいして一体どこに重点をおいて考えていたか。
            暗黙の中に結核にたいして漠然と関係づけて考えていた点がありはしなかったか。
            しかるに皮肉にも、いわゆるこれら虚弱者、虚弱児童の中にはほとんど結核患者はいないということを医学は証明している。
            従来の虚弱なる概念から、結核は全く棄て去られなければならない。
            虚弱と結核の間には何らの関係もないのである。かゝる者こそ科学的に合理的に鍛錬しなければならないのであるが、この分野は医者の方面からも体育家の方面からも一番等閑に付せられていた未開拓のものである。
            一方において優秀な肉体の所有者が結核にたおれ、他方においては合理的鍛錬を必要とする人々が体育に見放されていたという矛盾は結核を、各人の見かけ、健康感によって判断していたということに由来する。
            すなわち結核に関する限り一切の見かけは全然あてにならないのみならず、病勢がよほど進行しない限り、自覚的にも外観的にも症状は出ないものである。
            結核にかゝらない体格体質はないのは勿論、結核は鍛錬によっては決して防止出来るものではない。
            結核に関する限り、一切の解決が正当な科学的方法によってのみ可能である。
            錬成に耐え得る人間を選定するのが医者であり、体育家はこれを合理的により強く鍛錬する。
            こゝに今後医学者と体育家が密接に協力すべき広大な分野が存する。
            体育によって一人の皇国民も喪(うしな)ってはならないし、一人の虚弱者もあってはならない。
            これがまた今後の医者と体育家の理想である。」(新聞記事は以上)

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            「肺結核治癒の過程」

            2020.03.15 Sunday 06:38
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              次に、第三期以上の結核に対し、解説してみよう。
              結核治癒の過程において、他の疾患に見るを得ない特異性がある事である。
              それは第三期以上の患者に限るといっていいので、それについて私は説明してみよう。
              まず、三期以後の結核患者が本治療を受けるや、非常なる好結果を顕わし、短時日にしてすべての病的症状は軽快し、全快期の幾(ちか)きを想わしめ歓喜していると、急に高熱、咳嗽、喀痰、食欲不振等の症状が次々発生するので驚くのである。
              そうしてこの再発的症状は頗る執拗ではあるが、治療により病毒が排泄し、症状が軽減するに拘わらず、衰弱の為斃(たお)れるという例がよくあるのである。
              右はいかなる訳かというと、結核患者が、最初発生した浄化作用を医療によって抑圧するので、浄化力は漸次微弱となるから、一時は快方に向うごとく見ゆるのであるが、真の治癒ではないから、遂には一進一退の経過を持続しつつ、いつ快方に向うや見当がつかなくなるというようになるが、多くはそのころ本療法を受けるのである。
              その場合、最初の浄化作用以後追増した毒素を溶解するので、一時的効果が顕われるので、従って、患者は食欲増進し、徐々ながら運動も行うから、漸次浄化力が再現し最初の浄化作用発生時と同様の状態となるのである。
              しかるに、最初の浄化作用発生時のごとき健康状態であれば、浄化作用終了まで体力が充分持続なし得る為全快するのであるが、長時日の誤療によって衰弱したのであるから、一時軽快したといえども、旺盛なる浄化作用に堪え得られずして、衰弱死に到るのである。
              故に、三期以上の結核患者を治療する場合右のごとき悪結果を来さない為にはどうすればよいかという事を書いてみよう。
              まず、一旦軽快して再浄化が起った場合、それは例外なく左の症状を呈するものである。
              それは、左右いずれかの延髄部が特に腫脹しており、そこに高熱の発生がある。
              そうして右が腫脹していれば右の腎臓部に大固結があり、左が腫脹していれば左の腎臓部に大固結があるものである。
              従って、延髄部が両方相平均している人は稀である。
              勿論、一方の腎臓部に固結がある場合、他の腎臓部も若干は必ずあるものである。
              又腎臓部に固結があれば、化膿性腹膜炎が必ずあるものであって特に結核患者は著るしいのである。
              それが又食欲不振の原因でもある。
              故に、再浄化発生の場合、まず第一に腎臓部の固結が溶解縮小しただけは、延髄部と腹膜部の毒結は、非常に溶解し易くなるのである。
              そうして右のごとく腎臓部を第一とし、延髄部、腹膜部を次とし、胃部、肝臓部等の治療を行うのであって、場合により一日数回位行うもよくそうする事によって極めて好結果を挙げ、順調なる治癒過程をとるようになるから、三期といえども全治するのである。
              右のごとく、腎臓を主とする治療によって結核は完全に治癒するのであるから、もし意のごとき好結果の表われない場合、
              それは腎臓部の毒素溶解が不充分であるから一層、腎臓部の治療を徹底さすにおいて、初めて予期の成果が顕われるのである。」 (「明日の医術 第1編」より)
               

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              「肺結核治癒の過程」

              2020.03.14 Saturday 07:03
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                「まず、結核における第一期第二期の症状としては、微熱、咳嗽、喀痰、盗汗、疲労感、食欲不振等であるが、この程度の病症なれば、自然治癒によっても治るのである。
                その方法としては、なるべく苦痛にならない程度の運動をするのである。
                そうする事によって右のごとき症状が増進するのは勿論である。
                しかしながら、それが浄化作用促進となるから、漸次病症は軽快、治癒に向うのである。
                そうして食事は出来るだけ菜食が良いのである。
                これについて、私の体験をかいてみよう。
                私は、十五歳の時、肋膜炎を病み、医療により一年位で全快、暫らく健康であったが、また再発したのである。
                しかるに今回は経過捗々(はかばか)しくなく漸次悪化し、一年余経た頃、ついに肺結核三期と断定せられた。
                その時がちょうど十八歳であった。
                そうして最後に診察を受けたのが故入沢達吉博士で、同博士は綿密に診察の結果、最早治癒の見込なしと断定せられたのである。
                そこで私は決心した。
                それはどうせ自分はこのままでは死ぬに決っているとすれば、何らか変った方法で、奇蹟的に治すより外に仕方がないと意い、それを探し求めたのである。
                その頃私は画を描くのを唯一の楽しみにしていたので、古い画譜など見ていると、その時、漢方医学で使った種々の薬草を書いた本があったので、それを見ていた時ハッと気がついたのである。
                それは何であるかというと私は今日まで、動物性栄養食を盛んに摂っていた。
                勿論、牛鳥肉等は固より、粥までも牛乳で煮て食うという訳で、特にその頃の医家は、栄養といえば動物性の物に限ると唱えたのであったから、私もそのまま実行した訳である。
                しかるに、右の本をみて思った事は、野菜にも薬や栄養があるという事である。
                そう考えると、昔の戦国時代などはほとんど菜食であったらしいが、史実に覧るような英雄豪傑が雲のごとく輩出したのであるから、これは菜食もいいかも知れない。
                特に日本人はそうあるべきであると思ったので、断然実行すべく意を決したのである。
                しかしながら、慎重を期し、試験的に一日だけ菜食を試みたところ非常に具合が良いので、二日三日と続けるうち益々よくここにおいて西洋医学の誤りを知り、一週間目位には薬剤も放棄したのである。
                その様にして一ケ月位経たところ、病気はほとんど全快し、遂に、菜食を三ケ月続けたのであった。
                その結果、罹病以前より健康になったので、その後他の病気には罹ったが、結核的症状だけはないにみて全く全快した事は明かであり、四十余年経た六十余歳の今日矍鑠(かくしゃく)として壮者を凌ぐ健康に見ても、結核は完全に治癒すべきものである事を知るであろう。
                右の事実は結核患者に対し、参考となると思うのである。
                そうして、右は自然治癒による過程であるが、本療法を施術するにおいて、その何分の一に短縮せらるるかはいうまでもないのである。
                 

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                「結核と精神作用」

                2020.03.13 Friday 07:07
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                  「現代医学は、肺結核を増加している事は既に説いた通りである。
                  これについて私は、別の観点から批判してみよう。
                  元来、人間は他の動物と異なる点は、精神生活がある事である。
                  即ち喜怒哀楽の感情に富み外部からの衝動による感受性の頗る鋭敏であると共に、精神が肉体に与える所の影響もまたはなはだしいものがある。
                  いかなる人といえども心配や不安のある時の食欲の減少や、顔色憔悴(しょうすい)、沈黙、憂欝、不眠、頭痛等、種々の現象が起る事は誰もが知る所である。
                  故にこれら精神的苦悩が永続するにおいて、神経衰弱ともなり、はなはだしきは精神病者となる事さえもあるのである。
                  右の理によって、今日結核の問題を考慮する時、精神作用の影響こそ、看過出来ないものがあるから私は詳説してみよう。
                  それは、結核ならざるものが、精神作用によって真の結核となるという事である。
                  一例を挙げればここに、ある家庭に結核患者が一人発生したとする。
                  しかるに、家庭の誰もは、いつか自分に感染するかも知れないという不安が起り、断えずそれが頭脳にこびりついて離れない。
                  するとたまたま風邪を引く、普通ならば単なる風邪として簡単に治るべきものがこの場合は、もしかすると、いよいよ自分に結核が感染したのではないかと想うのは当然であろう。
                  従って、この場合は特に速かに医師の診断を受ける。
                  医師もまたいつか家族の者に感染しはしないかと思っているので、特に用心深く慎重に扱うので、患者はさてはと思い不安が生ずるから、捗々しく治らない。
                  それが為元気は喪失し、食欲も不振となるから、憔悴、羸痩(るいそう)、不眠等の症状が次々表われてくる。
                  それらは肺患的症状であるという事を、平素から見たり聞いたりしているので益々悪化する。
                  遂に医師も首を傾げるようになる。
                  それによって患者の不安はいよいよ募り、漸次、結核患者となるのである。
                  又、自分は肺結核になったという観念は直ちに不治である事を連想し、死という最後の場面が瞼に浮びついに本格的肺患となるのである。
                  嗚呼! 最初単なる風邪であったものが、観念の力によって、ついに死へまでも推進んでゆくのである。
                  これによってみても、実に、精神作用の及ぼす影響のいかに大きいかという事が判るのである。
                  実際右のような経路による肺患者は案外多いであろうと私は想うのである。
                  故に絶対に感染しない結核を感染するとなし、必治であるべき肺患を不治となすという事は、皮肉かは知れないが神経戦術的である。
                  又、獣類の中、特に牛は結核に罹るそうである。
                  しかるに、健康牛も結核牛も寿齢は異ならないそうであるから、全く結核の影響は受けない事になるのである。
                  これによってみても人間における精神作用の、いかに怖るべきかという事が知らるるのである。」 (「明日の医術 第1編」より)

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                  「結核は絶対に感染しない」

                  2020.03.12 Thursday 06:27
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                    しかしながらこの原理については後に霊と物質について詳しく説くつもりであるからここでは簡単に説明しておく事とする。
                    そもそも森羅万象の構成は、火素、水素、土素であって、空気は水素を主とし、霊気は火素を主としている。
                    しかしながら今日までの科学では霊気即ち火素は未発見である。
                    そうして空気は緯(よこ)に流動し、霊気(火気)は経(たて)に上下昇降しているのである。
                    そうして、有機体である微生物が自然発生する場合火素即ち熱を要するのである。
                    しかしこの熱はガラス又は金属のごとき硬物質にてある程度遮断さるるのである。
                    故にパスツールが実験の際口の曲れるガラス瓶が火素の熱を遮断したからである。
                    右のごとく空気即ち水素が緯に流動し、霊気即ち火素が経に昇降なしいるという事実を最も簡単に知る方法がある。
                    それは人間が横臥する時は寒く、起座する時は温暖になるという事によってみても明かであろう。
                    又十九世紀の医聖といわれるフィルヒョウ博士が細胞病理学を唱えるに及んで近代医学は新時代をかくしたといわれる。
                    それによれば人体は皮膚、粘膜、筋肉、骨格、毛髪等すべて無数の細胞から成立っていて、その細胞の一つ一つが生命と生活とを有し各々の細胞の生命と生活とが集って一個の人体を構成しているので、病気というのはつまりそれら細胞が変性しその生活が衰えた状態を指すというのが細胞病理学の大体である。
                    例えば肺結核においては、結核菌が肺の組織中に侵入し繁殖し毒素を出す為にその部分の細胞が変性あるいは破壊され、破壊された細胞は血液中に吸収されて全身の機能に障碍を及ぼし、発熱、盗汗その他の症状を起すというのである。
                    即ち結核患者の熱は結核菌が肺臓内に侵蝕して病竃(びょうそう)部を作り、この病竃部と菌自身から出す毒素の為に発熱中枢が刺戟されて発熱するというのである。
                    右のごとき病理説は根本的に誤謬である。
                    言うまでもなく細胞の生活が衰えてそれが病源であるとすれば、新陳代謝の最も旺盛である少年期から青年期に病気は発生しないで老年期になる程発病しなければならないはずではないか。
                    この様な余りにも事実と相反する理論が信じられてきたというのはむしろ不思議と思うのである。
                    又肺結核における発熱が結核菌の作用としているが、仮にそれを肯定するとして菌自身から出す毒素の為に発熱中枢が刺戟さるるというが、一体発熱中枢とはいかなる器能であるか医学においては脳にあるとしているが、恐らく全世界のいかなる医学者といえども実証は出来得まい。
                    何となれば、発熱中枢などという機能は脳は固より人体いずれの部分にも全然無いからである。
                    以上のごとき幼稚極まる病理によっていかに研究するといえども解決の出来得ない事は当然である。
                    そうして私は大別して肺結核を解決する方法として二つの点を挙げてみよう。
                    一、ただ肺結核のみを減少すべき方法としては国民全体の体位を低下させる事である。
                    即ち青年をして老人のごとき体質とする事で即ち近代の白人がそれである。
                    二、結核の特徴である熱を発生しない人間…即ち有毒者でない人間…即ち真の意味における完全健康者を作る事。
                    右のいずれを撰ぶべきや、勿論後者の人間を作るという事…それが真の解決であり私の創成した医術によってのみ可能である。
                    しかるに現在行いつつある西洋医学的方法は前者の方法である事を知らねばならないのである。」 (「明日の医術 第1編」より)

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                    「結核は絶対に感染しない」

                    2020.03.11 Wednesday 06:31
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                      「今日、結核は伝染するものとして非常に恐れられ、それが為種々の方策が講ぜられているが、その繁雑極まる事と国家及び個人の負担の莫大なる事等は実に驚くべきものがある。
                      故に何人といえどもその伝染を恐れ親子夫婦といえども親しく接近し語り合う事さえ医師から禁ぜられている。
                      家庭内において一度結核的罹病者発生するや、家族全部が戦々競々としていつ伝染するやも知れずと危倶しつつ日を送るという…その陰惨なる状態は見るに堪えぬものがある。
                      なるほど事実感染するものならばいかなる手段方法をつくすも生命には換えられないから致し方ないとするも、私の発見する所によればそれは決して感染する憂はないのである。
                      医学で唱える結核菌なるものは伝染するのではなく自然発生である。
                      それはいかなる訳かというとさきに詳しく説いた液体毒素即ち喀痰が速に排泄さるるにおいては何ら微生物は発生しないのであるが、誤れる療法によって喀痰は肺臓内に停滞し固結する。
                      この固結した喀痰は時日を経るに従い腐敗するのである。
                      いかなるものといえども一度腐敗すれば小虫又は微生物が発生するのは原則である。
                      たとえば木材が腐敗すれば白蟻が涌く、いか程精白した白米といえども古くなれば必ず蛆(うじ)が涌く事は人の知る所である。
                      この様に腐敗する所無機物から有機物が発生する。
                      白米に蛆が涌くのは蛆の卵が他から侵入したものではないのは勿論である。
                      故に結核菌といえども自然発生するのであって絶対に伝染するものではないのである。
                      これは今後一層科学が進歩発達するにおいて、非伝染という事を発見するに到ると私は信じている。
                      又、感冒についてさきに説いたごとく各局所の凝結毒素の浄化を停止する為に還元して再凝結した毒素にも結核菌が自然発生するのである。
                      瘰癧(るいれき)、腎臓結核その他結核性何々という疾患は右の理によるのである。
                      右の説を実証する為私の経験を述べてみよう。
                      私の家族は私ら夫婦の外に子女が六人助手その他の使用人数人合計十数人は常に居たのである。
                      そうして十数年の間に重症肺結核と診断された患者を常に一人か二人同棲させて治療したのである。
                      少くとも弐拾数人はあったであろう。
                      勿論一切家族と同様に扱ったので食事の時も食卓を倶(とも)にし食器等も何ら消毒を施さなかったのである。
                      それは治療の為と私の説の実験をする為との二つであった。
                      その内の数人は私の家で死去した位であるからいずれも重症の者ばかりであった。
                      大病院で結核と断定され治癒の見込なしと刻印を付せられたものばかりであった。
                      しかるに今以て誰も感染した者はない。
                      いずれも健康そのもののような者ばかりである。
                      この実験によってみても伝染しないという事は何ら疑を挿む余地はないのである。
                      なお私はいつでも結核菌の感染を試験して貰いたいのである。
                      私自身でも私の家族の誰にでも感染するよう実験してもらいたい事を望むのである。
                      喜んで試験台に応ずるものである。
                      右のごとき細菌の自然発生説に対して現代の科学者は嗤(わら)うであろう。
                      何となれば、彼の独逸の有名なコッホ博士と並び称せられるフランス細菌学の泰斗パスツールによる細菌発見によって、
                      それまで一般学者によって支持せられていた自然発生説が覆えされたからである。
                      それはパスツールが、微生物は自然発生ではなく空気の伝播に因るものであるという理論を実験したのであった。
                      それは羊肉の搾(しぼ)り汁を二つのガラス瓶に入れた。
                      一つは口の曲れるもの一つは口の真直なるものであった。
                      しかるに、口の曲れる方は微生物が発生していないのに真直な方は微生物が発生していたという事実であった。
                      それ以来自然発生説は消滅し空気に因る発生説が信ぜられ今日に至っているのである。

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