「罪穢と病気」

2020.10.14 Wednesday 05:41
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    右のごとく、人間が覚醒する場合、霊体にいかなる作用が起るかを説いてみよう。
    本来、人間の霊体はその中心に心があり、心の中心に魂があって、三段になっているのである。
    そうして魂本来は良心そのものであるが、断えず外界からの影響によって曇らされるのである。
    即ち、魂本来は日月玉のごとき光明であるが、その外殻である心が曇れば、魂の光輝は遮断され、魂は眠るのである。
    故に、明鏡止水のごとき心境にあれば、魂は晴天の日月のごとく輝くのである。
    右のごとく人間が覚醒するという事は、睡眠状態であった魂が、豁然(かつぜん)として輝き出す事である。
    その手段として今日までは、右に説いたごとく、説話や読書等の道徳的手段があるのみで、それによってまず魂が覚醒し輝き出すから心の曇が解消し、次で霊体が浄化さるるという順序である。
    右によってみるも、魂・心・霊の三者は、常に明暗の状態が平均しているのである。
    しかるに、私は腎臓医術の項目において、百万語のお説教よりも、腎臓を健全にする方が効果があると言ったが、それはいかなる訳かというと、前述のごとき道徳的手段を要しない事であるばかりか、道徳的手段においては、百パーセントの効果は期し難いが、本療法によれば百パーセントの効果があるのである。
    それは前述のごとき道徳的手段においては、まず魂を覚醒させ、次に心及び霊体が浄化さるるのであるが、本療法においてはこの反対であって、外部からの施術によってまず霊体が浄化され、それによって心の曇が解消し、否が応でも魂は覚醒する事になるのである。
    又、道徳的手段によって魂や心が覚醒する場合、本人自身は克己的苦痛が伴うと共に、それが霊体に及ぼし、病気その他の苦しみを受けなければならないが、本療法は、疾患が治癒しながら知らず識らずの裡(うち)に魂が覚醒するのであるから、理想的心身改造法というべきである。
    右のごとく、霊的浄化を発生さすその根源としての機能が腎臓であるから、腎臓の活動を促進さす事こそ、心身改造の根本である訳で彼の神道における祓戸四柱(はらいどよはしら)の神の活動が、人体においては腎臓に相応すると想うのである。
    さきに説いたごとく心臓は日であり、肺臓は月であり、胃は土であり、天地間の汚濁を清める神が祓戸の神であるとすれば、腎臓は左右及び副腎と合せて四つあり、祓戸の神も四柱あるにみて、意味がないとはいえないであろう。」 (「明日の医術 第3編」より)
     

    category:戦前の医学論文 | by:mistoshicomments(0) | -
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