「明日の医術 第二編 結論」

2020.09.09 Wednesday 05:23
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    故に、その療法原理においても、西洋医学においては、体内に毒素を固むるのを目的とし、私の方は毒素を溶解して体外へ排泄するのを目的とする。
    一は、固むるのを目的とし、一は溶かすのを目的とする。
    従って固むる結果は病原を残存させ、再発の因を作るのである。
    これに反し溶かす結果は、病原を排除し、再発の因を無くする事である。
    右のごとき、両々相反する理論は、いずれが真理であるかは言をまたずして明かであろう。
    しかしながら、私の右の理論に対して、特に専門家はいうであろう。
    なるほど病気の根原は毒素であるが、その毒素を溶解排除するなどは、実際上不可能で、それは理想でしかない。
    故に止むを得ず次善的方法として手術か又は固むるので、固め療法の発達したのも止むを得ないのであると、しかるに、私が創成したこの日本医術は、毒素の溶解排除の方法に成功したのである。
    現代医学がいかに進歩せりと誇称するも、皮下に溜結せる毒素に対し、切開手術を行わなければ、膿一滴といえども除去し得ないであろう。
    しかるに私の方法によれば、外部からいささかの苦痛をも与えずして、いかなる深部といえども自由に膿結を溶解排除する事が出来得るのである。
    盲腸炎は一回の施術によって治癒し、歯痛は外部からその場で痛みを去り、他のいかなる痛みといえども数回の施術によって無痛たらしめ得るのである。
    肺結核も完全に治癒せしめ得、癌も解消せしめ得るのである。
    その他疫痢も精神病も喘息も心臓病も痔瘻(じろう)も医学上難治とされている疾患のそのほとんどは治癒せしめ得るのである。
    ただ私の療法で困難と思うのは、医療を加え過ぎた患者である。
    特に薬物多用者とレントゲンや深部電気、ラジウム等を幾十回も受用せられたものである。
    又、種々の療法を受けた結果、衰弱はなはだしい患者においては、病原を除去し終るまで生命を保てないので、かような場合は、不成績の止むを得ない事があるばかりである。
    故に、発病後速かに本療法を受ければ、そのことごとくは全治するといっても過言ではないのである。
    従って、私の方では研究という言葉は無いのである。
    何となれば、病原も明かであり、治癒も確定しているから、その必要がないからである。

    category:戦前の医学論文 | by:mistoshicomments(0) | -
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