「不思議な事実」

2020.08.02 Sunday 06:48
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    私はこの問題に対し、参考として数種の実例を挙げてみよう。
    私は先年、四十余年、東京市内の某所で開業している某老眼科医の眼病を治療した事がある。
    それは初め入浴の際、石鹸水が眼に滲みたのが原因で漸次悪化し、どうしても治癒しないので、私の所へ来たのである。
    本人いわく「私の倅(せがれ)は○○大学の眼科に勤務している関係上、そこに数ケ月通い、最新の療法を受けたのであるが、漸次悪化し、現在視力0.1という状態である」との事であったが、私が一回治療したところ、翌日は0.4となり、一週間にして全治したのである。
    従って右の眼科医は、本療法の効果に驚くと共に、本療法を受講修得したのである。
    その後数ケ月を経て私の所へ遊びに来たので、私は「本療法を幾人かに試みたか」ーを訊いてみたところ、いわく、「飛んでもない事です。その様な事をすると、医師会から除名されます。
    故に、極力秘密にしており、妻にも息子にも絶対知らせない事にしています」というので、私は唖然としたのである。
    私が治療時代、ある若夫人(二十四歳)の重症喘息を治療した事があった。
    それは珍らしい猛烈さで、一ケ月の中二十日間入院し、十日間家に居るという始末で、いつ発作が起るか判らないので、その都度、医師に行く事は困難であるから、夫君が注射法を知り注射器を携帯し、常に夫人の側を離れないという状態で、全く注射中毒症となったのである。
    多い時は一日二、三十本の注射をなし、その結果昏睡状態になった事や、瀕死の状態になったりして、幾度となく医師から絶望視せられたのであった。
    しかるに、私の治療によってメキメキ快方に赴いたので、その夫君は非常な感激と共にかような偉大なる治療は医学で応用すべきであるとなし、永い間夫人が世話になった某大病院の某博士に会い説明をしたのであった。
    夫君がそうした事は、今一つの原因があった。
    それはその博士は、喘息専門の権威であり、喘息の研究については寝食を忘れる程の熱心さであったというーその為もあった。
    そうして、その博士は驚くと共に、是非研究したい希望である事をいい、私の所へ面会に来る事になった。
    しかるに、その約束の日には遂に来らずその後数回打合せに行ったが、いつも約束を無視し来ないので、その人は非常に立腹し、医家としてかような素晴しい療法が生れたのに、それを研究しないという事は、医師という使命の上からいっても、人道上からいっても不可解であると強硬に言ったに関わらず遂に徒労に帰したのであった。
     

    category:戦前の医学論文 | by:mistoshicomments(0) | -
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