「見えざる力」

2020.07.23 Thursday 07:46
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    「本医術によって重難病を治癒されたものや本医術の修得を受けたるものが異状の感激に浸り、その効果を讃え、空前の大医術である事を人々に説くといえども容易に受入れる者は少いとの歎声をよく聞くのであるが、これはいかなる訳であるかという事を、私は説こうとするのである。
    それについて、右の原因は奈辺にあるかという事であるが、それは全く現代人がいかに見えざる力を信じようとせず、見える物のみを主とするかという事である。
    そうしてその原因が全く猶太(ユダヤ)的教育の結果である事に気付がなければならないのである。
    明治以来、日本が欧米の文化を無差別的に採入れた事は全くやむを得ざる過渡期の現象であって、これあるによって、今日のごとき欧米の水準を摩すとさえ思わるる程に達した文化であるから、その事に対しては徒(いたず)らなる批判は避けなければならないが、今日及び今日以後の時代に向って、なお米英的唯物文化に心酔する事は許されない事であり、勿論唯物文化の清算されなければならない時期の来た事を認識しなければならないのである。
    現在戦われつつある大東亜戦において、米英が物を主とし、物の量によって勝敗の計算をたてるという戦法に対し、物の量が劣るといえども、精神力によって日本が勝利を得つつあるという事実をみれば、いかに見えざる力が物の力に打勝っているかという事を知る好適例であろう。
    しかるに、明治以前の日本人は、実に見えざる力を信じ、何事に対してもそれを主とする考え方によって、すべての行動を執ってきた事は、幾多の史的事実に現われているのである。
    彼の赤穂義士における快挙において、主君浅野内匠頭の意志を具現すべく、生命を賭しての苦慮忠節によってみても、全く冷光院殿なる先君の霊を生けるものとしてその怨恨を晴らした事で、全く見えざる主君を対象としての行動である。
    又彼の大楠公における有名なる七生報国の言辞や、曾我兄弟を初めあらゆる仇討等に至っても、見えざる霊を対象とした事は勿論である。
    その他神仏を敬い、祖先の霊によく仕え、亡き夫に対して貞節を守り、亡き主人に対して忠節かわらざるがごとき、ことごとく見えざる霊の実在を信じ、それを対象とした事は明白であって吾ら祖先がいかに霊を信じ、来世を信ぜしかは論議の余地はあるまい。
    しかるに明治以後、全日本人に課せられたる教育そのものは、僅かに日本的なるものを織込まれたに過ぎず、その内容の大部分は猶太的唯物思想の注入であった。
    即ち見える物のみを対象となし、見えざるものは信ずべからずとなし、見えざるものを信ずるはすべて迷信なりとし、一切は物を主とし、物によってのみ価値やその他を判断するという思想を醸成してしまったのである。
    そうしてその物を左右する唯一の力として金銭を無上のものとなし、極端なる拝金主義を植付けた事は人の知るところである。
     

    category:戦前の医学論文 | by:mistoshicomments(0) | -
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