「現実無視の悲劇」

2020.07.22 Wednesday 06:28
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    又以前私は面白い例を本人から聞いた事がある。
    それは五十歳位の男子で慢性眩暈(めまい)の患者であった。
    その当時有名な脳神経専門の○○病院に行き診察を受けたるところ、二ケ月にて全治するといわれたので、信じて通院したる所、二ケ月経ても何らの効がないので不満を漏した所、今一週間延してくれろといわれ、それを諾(だく)したがそれも更に効がないので、患者は非常に立腹し、院長に詰ったところ、院長いわく「貴方はもう病気はない。医学上いかに検診するといえども、病的症状は認められないから、最早来なくともよい」というのである。
    ついに患者は堪りかねて、あまりに欺瞞(ぎまん)もはなはだしいと、頗(すこぶ)る強硬に出でたので、遂に院長は謝罪し、それまで病院へ支払った費額を全部返還したとの事である。
    今一例は、四十歳位の婦人、頭脳がわるくその症状といえば、頭脳の中央に何物かが居て、その者の考えが、本人自身の考える事を絶えず妨害をするというので、患者はその苦悩を打消すべく、常に大声を発して喋舌(しゃべ)り続けるという訳で、同情に禁(た)えぬものがあった。
    この患者は、帝大脳神経専門の権威で、今は物故せる○○博士を信頼し、約一年間通院治療を受けたのであった。
    しかるに、一年余経たある日の事、博士いわく「貴方はもう治ったから、来なくともよろしい」というのである。
    患者は「未だ頭脳の妨害者は少しも変らない」というと、博士は「今後出来るだけ気を紛らすようにすれば自然に治る」というまことに頼りない事を言われて突放されてしまったのである。
    それが為、煩悶懊悩(おうのう)している際、私の所へ来たのであった。
    右のごとき実例は無数にあるのであるが、私はいつも医家に対し同情が湧くのである。
    何となれば、医家としては、あらゆる最新の学理や方法を究(きわ)めて努力するのである。
    にも係わらず効果がない。患者からは不平不満を愬(うった)えられるという訳であるから、医家たるもの悲観せざるを得ないであろう。
    従っていかに考うるも医家に罪のない事は勿論である。
    その原因たるや、全く逆進歩である医学を真の進歩と誤り、今日までその誤謬に目覚めないという結果でしかないのである。
    故に、以上のごとき医家の並々ならぬ努力が、反って患者の不幸を招く結果を来すというのであるから、ほとんど信ずべからざる程の悲劇が、常に無数に行われつつあるのである。
    以前私は某医学博士から、左のごとき詐(いつわ)らざる告白を聞いた事がある。
    それは医家としての最大なる悩みは、病状の悪化や、慮(おも)わざる死の転機に際し、いかにして近親者の納得し得べき説明をなすべきかという事を、常に苦慮しているという事である。これは全く有り得べき事であろう。
    しかるに、本医術の受療者は、例外ないという程効果があるので、患者は固より近親者の感激は絶大なるものがあり、嬉し泣きの話なども、常に弟子から聞くのである。」 (「明日の医術 第2編」より)

    category:戦前の医学論文 | by:mistoshicomments(0) | -
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