「現実無視の悲劇」

2020.07.21 Tuesday 05:56
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    そうして私が薬毒の害を知ったのはこの歯痛からであった。
    以上のごとき、おそるべき慢性歯痛の最初の原因が、標題のごとき「現実無視」にあったことを、私は世人に告げたいのである。
    それは最初前歯一本が虫歯になったので、そのあなを充填すべく、歯医者に行った。
    その歯医者は「完全に消毒しなければいけない」といい、消毒すること数回に及んだ。
    今日考えてみると、その消毒薬が強烈なためと、回数が多くあまりに念入りにやり過ぎたのがそもそもの原因である事が判った。
    それは薬毒が歯根に滲透して痛み出したのである。しかるにその痛みが全く治癒しないのにセメントの充填をしたのであったが、充填するや、間もなく強烈な痛みとなったのである。
    翌日歯科医に赴き、セメント充填の為の激痛と想うから除って貰いたいといった。
    すると歯科医いわく「そんなはずは絶対にない。充分消毒しての上充填したのであるから」といって肯(がえ)んじなかった。
    その時私は不思議な事を言うと思った。
    何となれば、痛みは現実であって、はずは理屈であるからである。
    いわば、理屈を以てとかく事実を否定する訳である。
    歯科医又いわく「とにかく、痛むはずがないのだから、明日までそのままにされたい。もし、明日まで治らなかったら来てくれ」というので、やむなくその通りにした。
    しかし翌日になっても痛みは依然たるばかりか、幾分悪化の傾向さえあった。
    歯科医いわく「昨夜独逸(ドイツ)のある本を調べてみたところ、貴方のような例は一つもなかった。どうも不思議である」といって首を傾げるばかりであったが、致し方なく充填セメンを除ったのである。
    その為に痛みは大いに減少したが、軽痛は依然として治らない。
    従ってついその軽痛を治さんが為、前述のごとく次々歯科医を取かえ漸次悪化しついに難症とまでなったのである。
    右のごとく、現実の痛みを理屈で否定するという事は、はなはだ不可解のように思うであろうが、これに似たような例はすくなくないので、私は患者からしばしば聞く話であるが、盲腸炎の手術後、全治したるに係わらず、盲腸部に痛みのある事があり、そういう時医家は、盲腸を除去したのであるから痛むはずがないといい、本人は痛いというような事もある。
     

    category:戦前の医学論文 | by:mistoshicomments(0) | -
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