「病気に感謝せよ」

2020.07.18 Saturday 05:55
0

    「私はさきに「病気は神の最大なる恩恵である」と言った。
    その理由は最早読者は充分認識されたであろう。
    しかるに世間、闘病などの文字を使用し、病と闘い、病を征服する事を以て治病の要諦と解しているが、これらがいかに誤りであるかは、ここに言う必要はあるまい。
    私は、病と闘うというその観念は、病に対しいかに作用するかという事を考えてみるのである。
    そうしてこれまでは、病それ自体が苦痛の代名詞となっている。
    従って、闘病心とは苦痛と闘う意味である。
    苦痛を敵視する事である。言い換えれば自国内に敵軍が侵入蟠踞(ばんきょ)している…
    その敵を征服し、排撃しようとするのである。
    しかるに、予期のごとくならない場合、病苦以外の敵に勝てないという煩悶や焦燥感が起るのは当然であろう。
    その結果、病苦の外に苦痛を排除せんとしようとする苦痛が加わる訳である。
    しかるに、私の言う病気なるものは、神の恩恵であって、病気なる浄化作用によって、体内の毒素が軽減又は排除さるるのであるという意味を思う時、まことに感謝に堪えない気持が湧くであろう。
    むしろ病気の一層強烈であれかしと願う心にさえなるものである。
    又病気恢復後、毒素軽減による健康増進の希望も起る以上、それがまた一の楽しみとなるのである。
    右述べたごとき二様の解釈は、精神的にはいかに影響するやというに、闘病観念は病に対する恐怖と、不安焦燥の悩みを生み、天恵観念においては、感謝と希望と楽しみを生むという事になろうから、本医術を知るにおいて、人生の幸福圏内に一歩踏み入ったという訳である。
    以上のごとき病気の真諦を、日本人全部が認識し得たとしたらどういう状態になるであろう事を想像されたいのである。
    いうまでもなく、最大不安の焦点であったものが、その反対である事を知るにおいて、国民全般がいかに安易な気持を持ちつつ職域奉公に邁進さるるかである。
    能率増進は固より、社会的明朗感は素晴しいものがあろう。
    これによって日本が二十世紀の蓬莱島(ほうらいじま)となるであろう。と私は信ずるのである。」 (「明日の医術 第2編」より)
     

    category:戦前の医学論文 | by:mistoshicomments(0) | -
    Comment