「宗教と信仰」

2020.07.13 Monday 07:05
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    「本医術を以て宗教的と見たり、信仰的と思ったりする人もたまたまあるようである。
    これについて私は、宗教でも信仰でもない事を述べようとするのである。
    まず宗教であるが、宗教とは、読んで字のごとく、何々宗という一個の団体を作り、教義を樹立し、その教を説き、その教の主旨に従って行動しなければならないのである。
    又何々如来とか何々菩薩、何の神、何の尊(みこと)、キリスト又はその宗派の開祖の像を朝夕礼拝しなければならない事になっている。
    勿論宗教によっては種々の形式や行事等の差別はあるが大観すれば右のごときものであろう。
    次に信仰とは文字の通りで一言にしていえば、私は信用と信頼が、時日を経るに従って漸次強度となり、それがついに極点に達するに及んで崇敬の念を生じ、信仰という観念にまで育成さるると思うのである。
    故にこの意味によって考うる時信仰とは神仏に限らず、あらゆるものに通暁(つうぎょう)するのである。
    暁に日の出を拝むのも信仰であり、武士道も科学も一種の信仰である。
    従って、さきに述べたごとく西洋医学といえども、一種の信仰に外ならないであろう。
    特に医学における信仰は、実に絶対ともいうべきものである。
    何となれば貴重なる生命を委ね、効果いかんに係わらず安心しているにみてもそう言えるであろう。
    しかるに、以上のごとき宗教的分子や信仰的観念が、本医術においては異なる事である。
    それは本医術においては宗教的分子は勿論ない。
    ただ信仰的からいえばないとはいえない。医師から死の宣告を受けた者や、絶望的な難病が起死回生の喜びを生むという以上、その感激が信仰にまでも及ぶのは当然な帰結であろう。
    しかし、それは効果に対する自然の観念であるから、迷信ではない事である。

    category:戦前の医学論文 | by:mistoshicomments(0) | -
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