「病患と医学の誤謬」

2020.05.22 Friday 05:29
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    ここで、手術について一言を挿(さしはさ)む事とする。
    今日医学の進歩をいう時、必ず手術の進歩を誇るのである。
    これは一寸聞くともっとものようであるが、実は大いに間違っている。
    何となれば患部の機能を除去するという事は、人体における重要機能を消失させるので、他に悪影響を及ぼすのは当然である。
    なるほど手術後一時的ある期間は安全であるが、浄化作用の機関が失くなるとすれば、毒素は他のあらゆる機能を犯す事になるからである。
    それは不自然な方法が齎(もたら)す結果としてそうあるべきであろう。
    最も高級で微妙極まる人体の組織であるから、たとえいささかの毀損も全体に悪影響を及ぼさぬはずはないのである。
    これをたとえていえば、いかなる名画といえども、画面の一部が毀損さるれば、それは全体の毀損であり、価値は大いに低下するであろう。
    又家屋にしても、一本の柱、一石の土台を除去したとしたら、直に倒れないまでも、その家屋の安全性はそれだけ減殺される訳である。
    そうして手術は、病気の除去ではない。病気と共に機能を除去するのであるから、いかに理由づけようとしても、医術の進歩とはならないであろう。
    私は真の医術とは、病気そのものだけを除去して、機能は以前のまま、生れたままの本来の姿でなくてはならないと思うのである。
    そうして手術は外部即ち指一本を除去するとすれば障害者として恐れられるが、内臓なるがため直接不自由と外観に影響しないので左程恐れられないのであろう。
    故に私は惟(おも)う、手術が進歩するという事は、医学が進歩しないという事である。
    即ちメスによって患部を欠損させ治療の目的を達するというまことに原始的方法を以て唯一としているからである。
    この意味において、今日称うる手術の進歩とは、医術の進歩ではなく「技術の進歩」であると、私は言いたいのである。
    虫様突起について、私の説と同一の説を主張する現代医家のある事を私は最近発見し、快心に堪えないのである。
    それはホルモン学界の権威である越智真逸医博である。同博士の著書に左のごとき記事が出ている。」
    「虫様垂を以て全然無用の長物で、既に退化しつつある機関であると考えるのは果して自然を正しく理解せる賢き考えであろうか、恐らく吾人の知識が未だ浅薄で、神秘の宝庫を開き得ぬ為と信ずる。
    余は自然は断じて無用有害の機関を吾人に与えないと確信する。」 (「明日の医術 第2編」より)

    category:戦前の医学論文 | by:mistoshicomments(0) | -
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