「長命の秘訣」

2020.04.14 Tuesday 05:49
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    右のごとき体験によって私は想像するのであるが、日本人の戦争に強いのは、勿論 精神力もあるが、白人よりも菜食が多いので、自然身体が軽く敏捷であるという事も、見逃す事の出来ない一原因であろう。
    特に日本の飛行家が白人の追随を許さない優秀さは、右の原因が大いにあると思うのである。
    飛行家について、ここで今一つ重要な事柄がある。
    それは急降下爆撃であるが、これは白人は日本人ほど思い切った技能を発揮出来ないそうである。
    何となれば彼らは、猛烈な急降下をすると、毛穴から血を吹くそうである。
    それは全く肉食の為である事はいうまでもない。即ち肉食者は敗血症になるからで、敗血症とは、人も知るごとく血管が破れ易く、又 出血すると、容易に止まらないのである。
    ただ今次の戦争において、独逸(ドイツ)の飛行家だけは急降下爆撃を行うが、これはヒットラー氏が兵隊の糧食を菜食を主にした為で、独逸が戦争勃発の数年前から、盛んに満州から大豆を大量輪入したというが、それであったという事である。
    又 往年彼の旅順の戦において、ステッセル将軍が降服したのは、勿論乃木将軍の攻略が偉効を奏したに因る事は勿論であるが、当時露軍が長い間の籠城の結果、野菜が欠乏し、敗血症に罹る者が日に増加したという事も降伏を早めたとの事である。
    又 日本においては昔から武士が腹を切りかけたり、槍に突かれたりしながら、その刃物を掴んだまゝ、暫くの間物を言うが、そういう事は、白人には絶対出来ないのである。
    何となれば白人は負傷すると、出血が容易に止らないが、日本人は出血が止り易いばかりか、刃物に対し、肉が収縮して密着するようになるそうである。
    これらは全く菜食と肉食との相違からである。
    そうして一体仙人はどの位長命するものか正確には判らないが、仙人の寿命についてある本にあったのであるが、今まで一番長命のレコードは八百歳で、それは一人であったが、五、六百歳は何人もあったそうである。
    従って、二、三百歳は、仙人では早死の方であると書いてあった。
    又ある本に神武天皇以前、数万年前からの記録に、やはり二、三百歳から五、六百歳までの高貴の御方の御事蹟が、相当の正確さで書いてあった。
    これは、私の想像であるが、日本人の寿齢について、食物が一番関係があると思うのであるが、最古代は勿論、菜食ばかりであったのは事実である。
    そうして生物を食い初めたのは貝類からであった事は、我国の各地から発見される貝塚が証明している。
    その時代の先住民族は、魚を漁る術を知らなかったので、まず採り易い貝類から食い始めたのであろう。
    それが後に漁(すなど)る事を知って、魚食をするようになったのであるが、それでもその頃は、百歳以上の寿齢は易々(いい)たるものであった。
    しかるに、さきに述べたごとく、漢方薬の渡来によって、非常に寿齢は短縮し、明治以後に到って、肉食や西洋薬等によって、いよいよ短命になったばかりか、体位も低下したのである。
    それから、古代の日本人が非常に巨大で、勇猛であった事も事実である。
    勿論その時代の国土には、猛獣や大蛇が至る所に棲息し、猛威を揮っていたのであろうが、火薬のない時代に、それらを征服した事によってみても想像されるのである。
    史上にある日本武尊が偉大な体格で被在(あらせ)られた事や、大蛇を跨がれた為に、その毒に当り給い薨去(こうきょ)遊ばされたという事にみても、その御勇猛であらせられた事は窺い知らるるのである。
    もし現代人であったとしたら、大蛇を跨ぐ所か一見して周章(あわ)てて逃げるであろう事は勿論である。
    又 須佐能王尊(すさのをのみこと)が日の河上において八俣の大蛇を退治られその血によって河の水が赤く染まったという伝説なども、古代人のいかに勇猛であったかは想像され得るであろう。」(「明日の医術 第1編」より)

    category:戦前の医学論文 | by:mistoshicomments(0) | -
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