「栄養学」

2020.04.11 Saturday 06:48
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    次に、食物について説いてみよう。
    食物とは何ぞや、いうまでもなく人間を初めあらゆる生物を造られた造物主が、その生命を保たしむる目的を以て、それぞれその生物に適合する食物を与えられているのは自明の理である。
    故に人間には「人間が食すべきもの」として、大体定められているのである。
    そうしていかなる食物が人間に与えられたるものでありやを知るべきであるが、これはまことに容易な事である。
    何となれば、その条件として「味わい」なる要素があるから、それによってよく分るのである。
    即ち、造物主は人間に対しては、味覚なる本能を与え、食物には「味わい」なるものを含ましてある。
    この理によって、すべての食物にはそれぞれの味わいがあり、それを楽しみつつ食する事によって栄養となり、生が営なまれるのである。
    故に、ビタミンがどうの蛋白質がどうのなどという事は、何らの意義をなさないのである。
    前述のごとく、ビタミンのごとき栄養素が仮に人体に必要であるとすれば、いかなる食物からでも体内の機能が製産し、変化させるのであるから、食物に関する限り自然でよいので、特に栄養学などと、学問的に研究する必要がないのみか、却って有害でさえあるのである。
    この理によって、各人それぞれの環境、職業、体質等によって、嗜好物にも自然差異が生ずるのであるが、その時欲する物は、その人に必要であるから摂ればよいのである。
    喉の涸(かわ)いた時、水がほしいのと同様である。
    ここで、食物の性質について述べてみよう。
    元来 栄養なるものは、野菜に最も多く含まれている。
    従って、栄養だけの目的からいえば、穀類と野菜だけで充分健康を保持し得らるるのである。
    故に実際上、全然野菜を食せず、魚鳥獣等の肉のみを以て生活すれば、敗血症を起す事は周知の事実である。
    これに反して、野菜のみを食って病気をおこすという事は、未だ聞かないのにみても明かである。
    そうして面白いことは、人間の性格なるものは、食物の種類によって、大いに影響を受けるものである。
    即ち、野菜のみを食する時は性格が柔順になり、無抵抗思想となるから、国民的には、国際的敗者となるのである。
    彼の印度が滅びたのは、宗教的原因にもよるがそれよりも同国民の食物が、ほとんど野菜と牛乳にある事が、その主因であろう。
    又動物においても、ライオンや虎のごとき肉食獣は獰猛性(どうもうせい)なるに反し、牛馬のごとき草食動物は柔順なるにみても瞭(あきら)かである。
    従って、菜食者は自然、物質的欲望や野心等の積極性が乏しくなるから、現代文化の社会においては、その境遇や職能により魚鳥獣等の肉をも食しなくてはならないのである。
    又、現在のごとき国際競争や民族闘争の旺(さか)んな時代においては、獣肉も必要となるのである。
    即ち肉食は競争心や闘争意識を湧出せしむるからである。
    彼の白色人が常に闘争を好み欧羅巴(ヨーロッパ)に戦乱が絶えないという事実も、右の理由にもよるのである。
    近来、一部の論者に、肉食が非常に害があるように言うが、これは謬っている。
    元来食物に毒素があるとしても、それは極軽微であって、自然浄化によって消失するから、肉食も程度を越えない限り差つかえないのである。

    category:戦前の医学論文 | by:mistoshicomments(0) | -
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