「薬 毒」

2020.03.26 Thursday 06:53
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    「今日まで、西洋医学においては二千五百年以前ヒポクラテス創始の医道以来、又 中国の医祖伏羲(ふくぎ)が、五千年前創始せられた医道は固よりその他幾千万の病気療養の方法はことごとく浄化作用停止又は一時的苦痛軽減の方法以外には出でなかった事は再三述べた通りである。
    そうして最も効果ありとしたものが、薬剤療法であった。
    そうして薬毒なるものは、ただに浄化作用停止だけではなく、その人間の健康に及ぼす悪影響は実に想像されない程の恐るべきものがある。
    私の長い経験によれば、あらゆる痛苦はことごとく薬毒の結果であって、痛みも発熱も不快感も疲労も神経衰弱も原因はそれであり、全身的新陳代謝の衰耗も機能の弛緩も、ことごとく薬毒の結果である。
    従って、人間の健康の良否も病気の軽重も「薬毒の多寡に因る」というも過言ではないのである。
    今日まで、人間が一度病気に罹るや、浄化作用を薬毒によって停止するが、それ以外、薬毒なる新しい毒素を追増するのである。
    その例として、何よりも周知の事実は、医師が医療を行いつつ、余病が発生するという事である。
    最初の病気を治癒する目的であるに拘わらず、第二第三の病気が発生するという事ははなはだ不合理ではあるまいか。
    即ちその療法が適正であるならば、最初の病気が軽減しつつ余病など発生すべき訳はないはずである。
    即ち拾の病気と仮定して、時日を経るに従い、九となり八となり七となるように、漸次軽減しなければならないはずである。
    しかるに何ぞや治療を施しつつあるに関わらず、十一となり、十二となり、十三となる…というように増加するとはまことに不可解極まる話である。
    これに対し、患者も医家も、何らの疑念を起さないのであるが、これは全く、医学が一種の迷信化するまでに到ったためであると思うのである。
    故に、私はこう想像するのである。
    日本人が薬剤使用を全く中止し拾年経たなら恐らく病人は半減するであろう。
    従って日本人の寿齢は延長し、数十年を経るにおいて平均寿齢八拾歳位は易々たるものであろう。
    何となれば短命とは病気に因る死であるからである。
    いわゆる不自然死である。病気が減少すれば自然死が増加する。
    自然死といえば、少くとも九拾歳以上でなければならないはずである。
    又人間が死に際会して苦痛が伴うという事は、天寿ではないからであって、天寿を全うして死ぬという場合は、たとえば樹木が樹齢尽きて自然にたおれるがごとく、いささかの苦痛もないのが当然である。
    そうして死の苦痛の原因は何か、言うまでもなく、薬剤その他の方法によって浄化作用の停止を行うからである。
    即ち自然である浄化作用を、不自然なる抑止をする…その摩擦が苦痛となるのであって、しかも、衰弱し切った肉体であるにおいて、苦痛は倍加するという訳である。
    古(いにしえ)から「人は病の器」という言葉があるが、これは大いに謬(あやま)っている。
    実は「人は健康の器」であり、健康が原則であらねばならないのである。
    神は人間をして、神の理想をこの地上に顕現せんが為に生ませられたものである…と私は信ずるのである。
    従って、その使命を遂行するにおいて不健康であってはならない。
    故に不健康という事は、人間が何らかの過誤即ち神の摂埋に反しているからで、その過誤の最大なるものが「薬剤使用」である。

    category:戦前の医学論文 | by:mistoshicomments(0) | -
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