「国民体位低下の問題」

2020.03.24 Tuesday 06:23
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    次に我国における死亡率の多い重なる病気を左に示してみよう(昭和十一年調査)。
    内閣統計局の調査によると昭和九年のわが死亡総数百二拾三万四千余人に対して呼吸器その他の結核によるもの拾三万一千五百余、死亡者千に対する比率は一○六・五でこれにつぐは下痢、腸炎による拾二万七千余、比率一○三・六、肺炎の拾二万四千余、比率一○○・五、脳溢血、脳栓塞(のうせんそく)等の拾一万四千余、比率九二・七ということになっているから、結核の最も恐るべきは明瞭である。
    これを年齢的に見る時は下痢、腸炎及び肺炎の死亡者は満一歳以内の嬰児が大多数を占め、脳出血、脳栓塞のそれは五拾五歳以上七拾九歳までがはなはだ多いのに対して、結核においては十五歳以上二十九歳までの死亡者が、最も多数を占めていることは大なる注意を要するのである。
    次に、昭和十一年六月三日の東京日々新聞にこう書いてある。
    (前説略す)
    「身長と体重とは共に増加し、一見好成績のようであるが、体重の増加率は身長のそれに伴わず結核性疾患も著しく増し、近眼、虫歯等も次第に夥(おびただ)しくなってくるというのは、国民的問題として大いに憂慮すべきところである。
    近来各種のスポーツが非常な勢いで、国民間に普及している。
    従って国民の体格健康は次第に良好に向って行くべきはずであるとは何人も推論する所であるのに、わが青年の体躯が、この悲観すべき状況にあるのはなぜであろうか。
    もとよりかような事に偶然の分子の多くあるべきわけはない。
    十分に今日においてその原因をつきとめ、この憂慮をとり除くのみならず、さらにわが国民の体格をして向上の途に向わしめることは、いわゆる更始(こうし)一新の重大なる部門でなければならぬ。
    壮丁体格低下の原因は、固より専門家の調査に待つべきもので、その結果はやがてわが幼少青年育成方法の改善の内容を指示するであろう。
    しかし大体からみて、幼少青年の発育に重大なる関係のあるのは、環境、食物、勉学、運動の四種と思われる。
    環境の身体に非常な影響のあるのはいうまでもない。
    しかし近来わが人口における都市生活者の割合は年々に増加し、都市の喧騒雑踏は次第にはなはだしくなって行くが、一方その衛生施設も徐々に改良せられつつあるから、環境的影響に大きな変化があるとも思われぬ。
    食物と肉体との相関関係に至っては今更説くまでもないが国民の食物は時代と共に次第に変化する。
    虫歯の増加等はこの食物の変化に関係あるものと考えられるから、食物衛生は国民保健の大きな問題として、専門家、実際家の研究すべき方面である。
    しかし最近一般に国民生活も向上しているのであるから、食物が非常に壮丁の体格に悪影響を与えているとは考えられない。
    しからば残るところは学業と体育の方面である。」
    小学校、中等学校その他のわが教育における被教育者の学習上の負担は、大きな問題になっている。
    殊に、入学準備教育の弊(へい)はどこでも叫ばれている。
    適当なる勉学はむしろ身体に良好なる結果を与えることは経験の示すところであるが、過度もしくは権衡(けんこう)を失せる学習の健康に害のあるのは明かで殊に興味のない受動的詰込みの心身を疲労せしめることははなはだしい。
    一方、体育の方面においては近来わが学校体操は次第に改良せられ、教練も加えられ、さらにスポーツも奨励せられつつある状況であるのに、青年の体格が、かく劣弱になりつつあることは、そこに何らか欠陥のあることを示すのではあるまいか。
    次に昭和十五年七月三十日の読売新聞にこういう記事があった。
    新聞記事
    「体育偏重が原因か、新入生の結核罹病  新制度入学が投げる赤信号」
    「学科を廃して体育を重視した今年の中等学校入学試験が生徒にどのような影響を及ぼしたか、各方面から注目されているとき、関西の某都市中等学校では、今年入学した生徒の結核による退学者が続出、ここに体育偏重の弊が叫ばれ、来春の進学準備期を控え、小学校当局はじめ一般家庭に一つの問題をなげかけました。
    右について、厚生省結核課楠本正康博士に伺ってみましょう。
    結核に冒された中等学校生徒が、入学したばかりの一年生で学年退学するという事実は重要問題です。
    一般に結核に感染する年齢は十五歳以後から二十歳前後が多くなっていますが、都会地では小学校時代に感染するものが沢山あり、大阪市の小学児童などは一年生から六年生を調べると、七○パーセントという驚くべき感染率を示し、東京市の児童は大阪より幾分少くなっていますが、それでも全児童の半数は感染しています。
    結核菌は肺臓に付着してから一年間が最も危険の時期で、この時過激な体操や運動によって身体が疲労し病菌に対する抵抗力がなくなると、発病しますが、この危険期の一年間を異常なく経過すると、病菌は固まってしまい、却って結核に対する免疫力がでてきて、発病せずに済むものです。
    ところが小学校では、簡単な聴診器だけの健康診断ですませるので、結核に感染している児童の危険状態がハッキリ判定できず、従って学校当局の体育運動は一律に行われます。
    この無理をどうやら克服し、懸垂(けんすい)その他の体育考査をパスして中等学校に入ると、運動は更に過激になり、ために感染一年以内の危険期にある生徒は、ここで全く病勢の進行から退学を余儀なくされるという気の毒な状態になるのです。
    軽微な熱がでて、身体がだるくなり、食欲が減退するという結核発病初期の症状も身体の弱い者には自覚されますが、身体の丈夫な者ほど症状が自覚されぬ為ますます運動していよいよ身体が耐えられなくなった時はじめて慌てます。
    学校当局の注意も必要ですが、この危険期を警戒するには家庭が余程の注意を払い、健康診断によって感染の時期程度を、科学的に確かめてから発病の芽生えのあるものは、過激な運動をやめて療養に努めなければなりません。」(新聞記事は以上)
    国民保健の問題について、最近の英国における状態を示してみよう。
    最近一ケ年間に、保健費用二億ポンドを支出しているが、国民の体質は低下する一方である。
    この外医療だけの費用が一ケ年三億ポンド合計五億ポンド(平価換算五十億円)に上る莫大な支出が、この上ふえては大変と議会の問題となり、英国皇帝も最近の勅語で、この問題に言及されている。
    エジンバラ大学のリレーン教授は
    「ここ二ケ年間国民体育に努力を払ったら、大いにわが国民の体格は向上する見込がある。
    もし怠れば弱小体格の回復には二世代を要するだろう。」と警告し、「オリンピック大会における英国の不振をみよ。
    これが歴史あるイートンの運動場をもつ英国人とは思われないのである。」とー」 (「明日の医術 第1編」より)

    category:戦前の医学論文 | by:mistoshicomments(0) | -
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