「国民体位低下の問題」

2020.03.22 Sunday 06:14
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    「人口問題に関連して切離す事の出来ない重要問題として国民体位低下問題がある。これについてその趨勢を示してみよう。
    昭和十一年六月、当時の陸軍大臣寺内大将が国民体位低下の問題に対し、国民保健衛生に関する国策樹立を進言された結果ついに厚生省設置という事になったのであるが、当時陸軍省医務局の発表せる理由及び対策は左の通りであった。
    「理 由」
    一、欧州諸国においては大戦後著しく国民の体格が低下を来したので、これが対策樹立の為いずれも保健省若しくは衛生省を設置し、鋭意国民保健の向上につとめた結果今や国民の体質体格は著しく向上し、往年のごとき好調を回復している。
    一、陸軍省徴兵検査の成績によれば大正十一年より同十五年にわたる検査不合格者(丙、丁種)は千人につき二百五十人内外であったが、昭和二年より同七年では右の比率が三百五十人となり、同十年では、四百人に激増し国民の体質の低下を如実に物語っている。
    一、国民の平均身長は大正元年の五尺二寸に比して昭和十年は五尺二寸九分となり、九分の増加を示しているが、体重これに伴わず大正元年の十三貫八百匁に比して昭和十年は僅かに十四貫百匁に止まり、統計によれば過去二十五ケ年間の体重増加平均は僅かに二百七拾匁に過ぎない。
    一、結核性胸部疾患が著増している。
    即ち明治二十四、五年頃の壮丁(そうてい)は、百人につき二人の結核患者を出したが、今日では二十四人である。
    一、医術の進歩医療の普及等は、結核による死亡率の低下に、ある程度の効果を示したが、結核の発生防止に対しては、全然無力なる所以(ゆえん)を実証した。
    一、チブス、赤痢以下法定伝染病は逐年増加の一途にある。
    一、体質体格低下の原因は、体育の不備、栄養医療の不足にあらず、根本的に母体の劣弱化に胚胎せる事実。
    一、現在の衛生行政は、単に薬物飲食物の取締、汚物塵埃処理、健康保健制度その他に止り全体として無力統制である。
    一、現在の保健衛生を管掌する文部、内務、逓信(ていしん)、商工、の各省間には有機的綜合性を欠如している。地方もまた同じ。
    一、以上のごとき理由に基き、政府は各省の割拠的旧套(きゅうとう)を打破し、新に保健衛生を管掌する一省を設け、これに関する現在の省部局課を綜合し、労働保険、防疫、医療、体育等の事務を統制し、衛生行政本然の使命を達成すべきである。
    管掌事項
    一、人口食料問題と生活資源の分布調整
    一、移植民に関する人的事項
    一、国民の勤労能率及び持久性増進
    一、国民生活必需条件に関するもの
    一、被服、居住の合理化統制
    一、環境への服合に関するもの
    一、心身の鍛錬、能率増進、防疫防毒、防疫に関する衛生教育
    一、社会衛生事業の指導監督
    一、病院医師等人的資源の統制運用
    一、生活科学研究機関の指導監督(内務省の衛生研究所、栄養研究所、文部省の体育研究所等を廃合し、更に保健衛生に関する研究機関を加えて、生活科学研究機関とする)。
    さてこれらの不合格者の主なるものは筋骨薄弱であるが、この筋骨薄弱者の数は昭和七年には壮丁の三割一分七厘、同八年には三割二分七厘、同九年には三割三分七厘という具合に毎年○・一割の率で増加しつつある。
    次に、この筋骨薄弱に続く不合格者は、結核性疾患や視力障碍や外傷性不具や短尺等がこれに続いている。
    花柳病は田舎よりも都会に多く、中でも下層階級の労働者や職工、運転手等に多い。
    そして地方壮丁にてこれに罹病しているものは都会へ出稼ぎに出ていたものが、大半を占めている。
    次に、身長体重の関係をみると、過去二十五ケ年間に身長は約一寸、体重は二百六十匁の増加を見ているが、大正元年当時の身長一寸に対する体重は二百六十匁であるからあたかも大正元年当時の体格を以て、身長が延びたに過ぎない事になり、身長体重の関係ー比重は低下している事になる。
    これと同様の現象は胸囲についても認められ、過去二拾年間というものほとんど変化を見ないのである。
    しかも日本人の胸廓は左右径が長くて、前後径が短いという特徴を有し、欧米支人の左右径短く前後径長いのに較べて、胸囲は同一であってもその内容の劣っている事を認めなければならないのである。
    ここに注目すべきは、体重の増減といっても体重が全身平等に増減する型と、身体の一部は肥大する代りに、他の部が痩(やせ)る型と二通りあるのであって、我国の壮丁にはこの後者の型が多いという現象である。
    これは我国の各種の生活様式、生活設備等において、大欠陥のある事を証明する所であって国民全体がこの生活様式、設備の中において各々自発的にこの欠陥を克服するだけの意識を持つべきであると共に、この欠陥の改革から始めることが、国民体位低下の真因を根絶することになるのである。
    軍隊生活に依って発達した壮丁の身体が除隊後一年ないしは二年の帰休生活において、入営前の身体に逆戻りしつつある現象ー殊にそれが農民や工業労働者において顕著なるをみる時いよいよこの感を深くせざるを得ないのである。
    さて、次に壮丁に与える都会と田舎の生活の影響についてみよう。
    昭和十一年度の受験壮丁六十余万人について調べてみると、都会に生れ都会に育った者は、不合格者が壮丁千人に付き四百十人であるに比較して田舎に生れて田舎に育った者は、不合格者が壮丁千人に付き三百十余人で田舎の方が不合格者数は約百人少い事になる。
    しかるに田舎に生れて田舎の小学校卒業後都会に移住した者の不合格者は千人につき三百八十余人となって都会生活がいかに国民の体位に悪影響を与えるかを如実に物語るものである。
    所が都会に生れ、都会の小学校を卒業した者はその後田舎に移住しても依然千人中四百五捨余人の不合格者を算しているからいかに幼少年時代の都会生活が、人々の体格不良の原因として決定的であるかを知り得るのである。
    かくのごとく田舎は都会に比較して良好である事が分るが、この田舎生活もまた現在のままに放置すべからざる事は、田舎では十余年前は千人中の不合格者が二百余人であったのだから、現在においては三百人を超えるに至っているのを見る時、痛感させられる訳である。

    category:戦前の医学論文 | by:mistoshicomments(0) | -
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