「肺結核治癒の過程」

2020.03.14 Saturday 07:03
0

    「まず、結核における第一期第二期の症状としては、微熱、咳嗽、喀痰、盗汗、疲労感、食欲不振等であるが、この程度の病症なれば、自然治癒によっても治るのである。
    その方法としては、なるべく苦痛にならない程度の運動をするのである。
    そうする事によって右のごとき症状が増進するのは勿論である。
    しかしながら、それが浄化作用促進となるから、漸次病症は軽快、治癒に向うのである。
    そうして食事は出来るだけ菜食が良いのである。
    これについて、私の体験をかいてみよう。
    私は、十五歳の時、肋膜炎を病み、医療により一年位で全快、暫らく健康であったが、また再発したのである。
    しかるに今回は経過捗々(はかばか)しくなく漸次悪化し、一年余経た頃、ついに肺結核三期と断定せられた。
    その時がちょうど十八歳であった。
    そうして最後に診察を受けたのが故入沢達吉博士で、同博士は綿密に診察の結果、最早治癒の見込なしと断定せられたのである。
    そこで私は決心した。
    それはどうせ自分はこのままでは死ぬに決っているとすれば、何らか変った方法で、奇蹟的に治すより外に仕方がないと意い、それを探し求めたのである。
    その頃私は画を描くのを唯一の楽しみにしていたので、古い画譜など見ていると、その時、漢方医学で使った種々の薬草を書いた本があったので、それを見ていた時ハッと気がついたのである。
    それは何であるかというと私は今日まで、動物性栄養食を盛んに摂っていた。
    勿論、牛鳥肉等は固より、粥までも牛乳で煮て食うという訳で、特にその頃の医家は、栄養といえば動物性の物に限ると唱えたのであったから、私もそのまま実行した訳である。
    しかるに、右の本をみて思った事は、野菜にも薬や栄養があるという事である。
    そう考えると、昔の戦国時代などはほとんど菜食であったらしいが、史実に覧るような英雄豪傑が雲のごとく輩出したのであるから、これは菜食もいいかも知れない。
    特に日本人はそうあるべきであると思ったので、断然実行すべく意を決したのである。
    しかしながら、慎重を期し、試験的に一日だけ菜食を試みたところ非常に具合が良いので、二日三日と続けるうち益々よくここにおいて西洋医学の誤りを知り、一週間目位には薬剤も放棄したのである。
    その様にして一ケ月位経たところ、病気はほとんど全快し、遂に、菜食を三ケ月続けたのであった。
    その結果、罹病以前より健康になったので、その後他の病気には罹ったが、結核的症状だけはないにみて全く全快した事は明かであり、四十余年経た六十余歳の今日矍鑠(かくしゃく)として壮者を凌ぐ健康に見ても、結核は完全に治癒すべきものである事を知るであろう。
    右の事実は結核患者に対し、参考となると思うのである。
    そうして、右は自然治癒による過程であるが、本療法を施術するにおいて、その何分の一に短縮せらるるかはいうまでもないのである。
     

    category:戦前の医学論文 | by:mistoshicomments(0) | -
    Comment