「結核と精神作用」

2020.03.13 Friday 07:07
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    「現代医学は、肺結核を増加している事は既に説いた通りである。
    これについて私は、別の観点から批判してみよう。
    元来、人間は他の動物と異なる点は、精神生活がある事である。
    即ち喜怒哀楽の感情に富み外部からの衝動による感受性の頗る鋭敏であると共に、精神が肉体に与える所の影響もまたはなはだしいものがある。
    いかなる人といえども心配や不安のある時の食欲の減少や、顔色憔悴(しょうすい)、沈黙、憂欝、不眠、頭痛等、種々の現象が起る事は誰もが知る所である。
    故にこれら精神的苦悩が永続するにおいて、神経衰弱ともなり、はなはだしきは精神病者となる事さえもあるのである。
    右の理によって、今日結核の問題を考慮する時、精神作用の影響こそ、看過出来ないものがあるから私は詳説してみよう。
    それは、結核ならざるものが、精神作用によって真の結核となるという事である。
    一例を挙げればここに、ある家庭に結核患者が一人発生したとする。
    しかるに、家庭の誰もは、いつか自分に感染するかも知れないという不安が起り、断えずそれが頭脳にこびりついて離れない。
    するとたまたま風邪を引く、普通ならば単なる風邪として簡単に治るべきものがこの場合は、もしかすると、いよいよ自分に結核が感染したのではないかと想うのは当然であろう。
    従って、この場合は特に速かに医師の診断を受ける。
    医師もまたいつか家族の者に感染しはしないかと思っているので、特に用心深く慎重に扱うので、患者はさてはと思い不安が生ずるから、捗々しく治らない。
    それが為元気は喪失し、食欲も不振となるから、憔悴、羸痩(るいそう)、不眠等の症状が次々表われてくる。
    それらは肺患的症状であるという事を、平素から見たり聞いたりしているので益々悪化する。
    遂に医師も首を傾げるようになる。
    それによって患者の不安はいよいよ募り、漸次、結核患者となるのである。
    又、自分は肺結核になったという観念は直ちに不治である事を連想し、死という最後の場面が瞼に浮びついに本格的肺患となるのである。
    嗚呼! 最初単なる風邪であったものが、観念の力によって、ついに死へまでも推進んでゆくのである。
    これによってみても、実に、精神作用の及ぼす影響のいかに大きいかという事が判るのである。
    実際右のような経路による肺患者は案外多いであろうと私は想うのである。
    故に絶対に感染しない結核を感染するとなし、必治であるべき肺患を不治となすという事は、皮肉かは知れないが神経戦術的である。
    又、獣類の中、特に牛は結核に罹るそうである。
    しかるに、健康牛も結核牛も寿齢は異ならないそうであるから、全く結核の影響は受けない事になるのである。
    これによってみても人間における精神作用の、いかに怖るべきかという事が知らるるのである。」 (「明日の医術 第1編」より)

    category:戦前の医学論文 | by:mistoshicomments(0) | -
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