「結核問題とその趨勢」

2020.03.03 Tuesday 07:54
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    「人口問題に対して最も重要なるものは結核問題であろう。
    結核についての状態はどうであろうか、各種の調査資料によって示してみよう(時局の為かこの数年間の調査発表なく以下の資料は昭和十一年頃までにて遺憾ながら止むを得ないのである)。
    世界の主要文明国での結核は最近四、五十年間に年々減少しているのに独り我国では逆に増加している。
    結核の死亡者は三十年前に比較して約三割の増加を示し、昭和八年は十二万六千七百余人に達し彼の赤痢、腸チフス、コレラのような伝染病に因る死亡率の総数に比較して優にその四、五倍に上ることである。…
    なお結核患者の数は専門家の推定によると、死亡者教の十倍即ち百二十万人を下らないものと認められ、これを人口に割当てる時は五十人に一人という事になる。
    しかも以上の数字は死亡届出に基くものであるから実際は他の病名に隠れた死亡もまた少くない事は明かであるので、
    警視庁及び東京市役所並びに日本結核予防会で最近査(しら)べて見たら東京市内において昭和十年中の結核死亡者は一五、四七五人の多数を算(かぞ)え急性法定伝染病死亡者の約三倍に達し、全国結核死亡者の一割強は東京府が占めている事になっている。
    従って市内の結核患者数は約十五万と推定され市内総人口を六百万として四十人に一人という事になる。
    本病の罹病率が青壮年に最も多い事でここに東京市保健局で調べた十年度死亡者の統計によると、最も多いのが二○歳より二四歳までの二、一九六人一八・五パーセント、次は一五歳より一九歳までの一、九三○人一六・六パーセント、つづいて二五歳より二九歳までの一、七八九人の一五・四パーセント、という数字を示している。
    次に昭和八年度における内務省衛生局の発表によれば、呼吸器における結核死亡者は人口一万に対して一三・九人、その他の結核における者四・九人、気管支炎、肺炎、肋膜炎における者二二・二人を算するに至っている。
    これを昭和十年十一月一日現在の国勢調査における内地人口男三四、七三一、八六○人女三四、五一九、四○五人合計六九、二五一、二六五人より見るに呼吸器結核死亡者一三・九即ち九六、二五九人、その他の結核による死亡者四・九即ち三四、○三三人を算し、合計一三○、二九二人となるわけである。
    しかるに結核における死亡者は、結核であることを否定したい一念から往々併発症などにより死亡原因を記載するもの多く、特に肺炎、肋膜炎、気管支炎などと為す場合多く実数はその倍数以上に達するとみて間違いない。
    例えば衛生局の発表による肺炎の人口一万人に対する死亡者一五・八人、気管支炎の三・八人、肋膜炎の二・六人、合計二二・二人よりこれを計上すると、内地人口中一五三、七三七人余の本症中死亡者の何パーセントかは結核死亡者と見なすことが出来る。
    特に国家の中堅をなす壮丁(そうてい)より見る陸軍省よりの発表を綜合すると大正十一年頃より昭和元年頃までの壮丁の体格丙丁種の者二五パーセントであったが、昭和二年より昭和七年の平均では一躍三六パーセントに向上し昭和十年の調査によれば実に四○パーセントを算するに至ったとはまことに慨歎すべき状態となったわけである。
    また入営後の結核によって除役される者は明治三十七、八年頃には僅かに二パーセントであったものが、昭和十年にはその十倍の二○パーセントを算する現状を呈し唖然たらしめるものがある。
    特に風土の変化などの関係多き在満兵中送還さるる病兵の九○パーセントは実に結核による疾患である点などを綜合すれば、青年の体格のいかに低下したかを如実に物語るものである。
    更に文部省の調査による小学児童の体格を見るに、年々腺病質、虚弱体質者の増加を示し、例えば東京市教育局の発表によれば、東京市内小学校の全児童の二二パーセント一五四、○○○人は虚弱児童腺病質で、右のうち四二、○○○人の危険状態体質者と現在結核に犯さるる者三、五○○人に上る事判明し当局をして驚歎せしむるに至っている。
    ここで当局も社会団体においても放任すべからざる状態を窺知し昭和十一年に国を挙げて結核予防と僕滅に全力を傾倒するに至り、陸軍省五百万円、文部省四百万円、東京市千五百万円、警視庁百万円など予算の計上を以て、あるいは小学児童の救済に壮丁又は軍人の救護にあるいはカード階級者の予防と救済に全智全能の努力を払うに至ったのである。
    次に東京市衛生課において、去る昭和九年より二ケ年にわたって市内七区の小学生一万二千七百九十六人に対し大々的な調査を行ったが、その結果調査人員の三十八パーセント余は結核感染者であり、病院に隔離すべき者、初期の疑ある者等千余名に上る事が判明したが、これを市内の現在小学生七十二万に推せば実に二十七万余は結核感染者となり、五、六万は疑ある者又は重症者となる恐怖すべき数字が示されたわけである。
    この調査は健康相談所を主体にして所在区である小石川、渋谷、下谷、本所、中野、大森、荒川の七区の尋常六年生男女一万二千七百九十六人に対し行ったもので、マントウ氏反応注射を使い更にX光線を使用した大がかりなもので、
    この結果マントウ氏反応のあったもの即ち結核に感染せる児童は四千八百七十九人という調査人員の三八・一三パーセントを示した。
    このうち直ちに病院に隔離する要ある開放性結核は六十九人、肺門部淋巴腺が腫脹して初期感染せるもの二百五人、更にX光線によって肺門部に陰影があり疑ある者八百二十五人という意外の多数を出し、殊に淋巴腺が腫脹せる二百五名の児童は自宅で療養せねばならぬもので、そのまま放置すれば他の児童へ感染のおそれが多分にあるという恐怖すべきものである。
    衛生課ではこの数字に、教育局と共に学校衛生の徹底をはかることとなった。
     

    category:戦前の医学論文 | by:mistoshicomments(0) | -
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