「病気の真因」

2020.03.02 Monday 08:31
0

    右のごとくその根本において誤謬から出発した現在までの医学である以上、医学が進歩すればする程病者は殖え体位は低下するのは当然の理である。
    故に、医学の進歩とは病気を治癒させる進歩ではなく、「病気を治癒させない進歩である」といえよう。
    人口増加率減少もその主因は女子妊孕率の低下である事は学者も認めている所である。
    乳幼児の死亡も結核の増加も現在の医学の誤謬に因る事は勿論である。
    次に第二の人口増加率低減と死亡率減少と平行するという事はどういう訳かというとこういう理由によるのである。
    欧州文明国において近年伝染病や肺結核が漸減したという事は社会衛生の進歩によるとされているが、それは一部の理由であって全般的理由ではないのである。
    勿論衛生施設の完璧がある程度奏効した事にもよるであろうが、それよりも根本原因は体力低下の為である。
    体力が低下した為に伝染病は減るというと摩訶不思議なように思うであろうが事実はこうである。
    元来伝染病及び結核等は体力旺盛に因る浄化作用の強烈な為であるから、体力が低下した民族は浄化作用が強烈に発生し得ないのは当然である。
    支那民族に伝染病の多いという事は衛生に無関心であるという事よりも体力強盛が原因であるということになるのである。
    右の理論を推進めてゆくとこういう事になる。
    今判り易く人間を三種に分けてみよう。
    即ち第一種の人は完全健康体で無毒であるから病気が起り得ないのである。
    第二種の人は有毒者にして体力強盛なるが為浄化作用が起りやすいという人(この種の人が大多数である)
    第三種の人は有毒者であっても体力劣弱なる為浄化作用がおこり得ない。起っても微弱である。
    ただこの種の人が運動等によって体力が幾分強盛になった場合おこるのである。
    故にこういう人は早速薬剤を用いて安静にすれば還元するから一時恢復するのである。
    これらの人は過労を避けようと勉めるものである。
    しかるに、今日の医学は右の理に不明であるから、第二種の人を第三種にしようとするのである。
    その例として、都会の児童や医師の子女即ち最も医師に触れる機会のある者ほど弱体者であるという事実と、今日の医学衛生の理論を忠実に守る青白いインテリの多いという事は何よりの実証である。
    もっとも第二種の人を第一種に改善しようとしてもその方法は現代医学では不可能である。
    そうして死とはいかなる理由によるのであるかというと、古来何人といえども病気によって死ぬとされているが、実は病気に因って死ぬ事は極稀(ごくまれ)であって大部分は「病気を抑圧するから死ぬ」のである。
    何となれば再三説いたごとく、浄化作用へ対して抑圧方法を行うから毒素は排除されないで還元しその上薬毒が加わる、そうして浄化作用との衝突を繰返す。
    それが衰弱を増進させついに生命を失うまでになるのである。
    今一つの理由として、文化民族においては医療施設が完備せる為発病の場合直ちに医療を行うので、それが右に説くごとく浄化停止と薬毒追増となるから体位を衰耗させる。
    しかるに非文化民族は発病の場合、ほとんど放任して自然治癒に任せるから完全に浄化作用が行われる。
    それが体位強盛の原因となるのである。
    故にその結果として文化民族は体力が低下する。
    低下するから浄化作用微弱となり発病の機会が少くなる。少くなるから死亡率が低いのである。
    この反対に今日の文化民族が未だ浄化作用が旺盛であった時代は発病の機会が多い、多いから医療を受ける。
    医療は逆効果であるから死亡率が高いという事になるのである。
    これが体力の強盛であって出生率が高い時代は死亡率が多いという真因なのである。
    しかしながら、現代医学の功績も相当ある事は認めない訳にはゆかないが、その功績に何倍する程の誤謬もあるという事が人口問題やその他の原因となったのである。
    そうしてその誤謬なるものがいかに驚くべく怖るべきものであるかをあらゆる角度から検討してみよう。
    そうして人口問題解決についてはその根本原因たる「種痘」の廃止とそれによる天然痘毒素の解決にある事は言うまでもないが、それは別の項目に譲る事として次に肺結核と乳幼児死亡の問題を説く事にしよう。」 (「明日の医術 第1編」より)

    category:戦前の医学論文 | by:mistoshicomments(0) | -
    Comment