「各国に於ける人口動態」

2020.02.27 Thursday 08:00
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    既に述べたるごとく世界における文明国と称せらるるものはすべて早きは百年、遅きは四、五十年来出生率減退の趨勢であるに対し、我国が独り出生率の増加を示せる事は学者間においても大いに注意すべき所としている。
    これによってこれを見れば、最早今日においては出生率減退は文明国における一の人口鉄則とも称すべく、いかに世界における文明国が出生率の減退を来したるかは次表に示すごとくである。
    国家    年数        出生率減退の割合
    フランス  百二十年間     四五%
    英国     五十年間     五○%
    ドイツ    五十年間     五○%
    イタリア   四十年間     二五%
    ベルギー   九十年間     四○%
    スエーデン   百年間     五○%
    ノルウェー  七十年間     四○%
    スイス    五十年間     四○%
    要するに出生率減退はフランスがそのトップを切ったまでであって、他のいずれの国も遅速の差はあるがいずれもそのあとをおい、今日ではこれに追いついたものや、またあるものはこれを追越している状態である。
    次にフランスの出生率が例外的に低かった時代は既に過去の事である。
    今日では全く時代が変って現在の欧州各国は次のごとき状態である(一九二九年)。
    フランス  一七七  ノルウェー   一七三
    スイス   一七一  オーストリア  一六七
    イギリス  一六七  スエーデン   一五二
    次に出生率減退と死亡率減退とが相伴って行く事は各国共大体同様であるが、死亡率減退よりも出生率減退の方が例外なく多いので増加率が低減するのである。
    この一例としてフランスの統計を示してみよう。
    年次      人口一万人に対する死亡数    出生超過
    一八○一−一○年    二八六         七三
    一八一一−二○年    二六○         五三
    一八二一−三○年    二四八         五八
    一八三一−四○年    二四七         四二
    一八四一−五○年    二三二         四一
    一八五一−六○年    二三七         二四
    一八六一−七○年    二三五         二七
    一八七一−八○年    二三七         一七
    一八八一−九○年    二二一         一八
    一八九一−一九○○年  二一五         一六
    一九○一−一○年    一九四         一二
    一九一三年       一七六         一五
    死亡率は一九一三年までは相当強くすなわち三九%も低落したが、出生率は更に多く下降せるため出生の超過はその影響を蒙った。
    十九世紀末より二十世紀の初頭にかけてその超過ははなはだ微弱にして死亡超過の年すら表われ、ついにフランスの識者が自国の滅亡を叫んだのも無理はない。
    それがついに一九三八年に至っては同国は約十三万人のマイナスとなったのである。
    最後に再び我国における統計を示してみよう。
    大正九年の人口千につき三六・一九を最高として爾来低下の傾向を示し、死亡率も又同様の傾向を示している。
    年次     出生率    死亡率
    大正 九年  三六・一九  二五・四一
     同 十年  三五・○六  一三・六九
     同十一年  三四・一六  一三・三二
     同十二年  三四・九四  一三・七八
     同十三年  三三・七九  三一・一三
     同十四年  三四・九二  二〇・二七
    昭和 元年  三四・七七  一九・一八
     同 二年  三三・六一  一九・八〇
     同 三年  三四・三八  一九・九一
     同 四年  三三・〇〇  二〇・〇四
     同 五年  三二・三五  一八・一七
     同 六年  三二・一七  一八・九八
     同 七年  三二・九一  一七・七三
     同 八年  三一・五五  一七・七六
     同 九年  二九・九七  一八・一一
     同 十年  三一・六三  一六・七八
     同十一年  二九・九二  一七・五一
     同十二年  二〇・六一  一六・九五
     同十三年  二六・七〇  一七・四四
    右表によってみるに年によって多少の凹凸はあるが、出生及び死亡率共に次第に低下しつつある事は明かに知る事が出来る。
    即ち出生率は大正九年に三六・一九であったものが十八年を経た昭和十三年には六・七○に激減している。
    しかし死亡においても大正九年の二五・四一から昭和十年一六・七八に激減しているが、翌々十三年には一七・四四に増加しているが右の昭和十三年は支那事変の影響もある事は想像する事が出来よう。

    category:戦前の医学論文 | by:mistoshicomments(0) | -
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