「各国に於ける人口動態」

2020.02.24 Monday 16:00
0

    「今試みにフランスにおける人口動態を示してみよう。
    この国といえども十九世紀の初頭には出生率は相当高いのであった。
    即ち西暦一八○一‐一○年には三二・四、一八一一‐二○年には三一・八、一八二一‐三○年には三一・○であった。
    しかるに一八三一‐四○年に三○・○台を割って二九・○に低下した。
    爾来(じらい)低減の一路を辿りつつ一八七○年普仏戦争当時二五・○にまで激減したのである。
    更に第一次世界大戦前における出生率は約一九であったが一九一四−一九年には実に一二・四に激減した。
    もっとも戦後の出生率はやや恢復して一九二○年には二一・四、一九二一‐二五年には一九・四を示したが、その後再び低下を続けて一九三八年には一四・六という悲惨な状態に陥ったのである。
    これに対し社会学者ラヴージの社会淘汰論には種々の原因はあるが、その最大原因は生理的不妊症であると述べている。
    右のごときフランス人口の減退が一八三四年頃から始ったという点に注目する必要があるのである。
    そうして同国の統計において十九世紀初頭即ち一八○一年の出生数九十万人、一九二六年七十五万人、一九三一年七十三万人にして、その差は左程でもない様であるが、実はこの期間における人口の増加と比例してみなければならない。
    即ち一八○一年は二千七百万の人口に対し、九十万の出生であり、一九二六年は四千万の人口に対し七十五万の出生であり
    一九三一年は四千百八十万の人口に対する七十三万の出生であるから、以ていかに出生率の減退のはなはだしきかを察知し得るのである。
    試みに出生率の動きを示してみる事にする。
    期間  人口1万人に対する出生数平均  期間  人口1万人に対する出生数平均
    一八○一‐一○年  三二九  一八八一−九○年   二三九
    一八一一‐二○年  三一八  一八九一‐一九○○年 一三一
    一八二一−三○年  三○六  一九○一‐一○年   二○六
    一八三一−四○年  二八八  一九一一−二○年   一五三
    一八四一−五○年  二七三  一九二一−二五年   一九三
    一八五一‐六○年  二六一  一九二六年      一八八
    一八六一‐七○年  二六二  一九三一年      一七四
    一八七一−八○年  二五四
    次に世界文明国の出生率減退は決してフランスのみではないのであって、今日においては一の普遍的法則ともみる事が出来る。
    ただフランスにおいて出生率減退が問題となったのはその減少が既に十九世紀の初頭に表われたるに由(よ)るからである。
    フランスの出生率減退を対岸の火災視したる各国は、今やフランスと同様の事態に直面する事となった。

    category:戦前の医学論文 | by:mistoshicomments(0) | -
    Comment