「人口問題」

2020.02.22 Saturday 08:11
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    人口問題研究所において予測したものをみると、日本の人口はこのまゝにしておくと、昭和七十五年までにはとにかく増加して一億二千三百万人にまではなるが、その時が日本の人口が到達することの出来る最大の数である。
    それからは次第に減少の勢いに転じて自滅への途を辿ることになるということである。
    これは昭和十二年までの我が国の人口の動きを基礎として人口学の精密な計算にもとづいて算出されたものであるが、しかし、いまや東亜共栄圏の建設にむかって渾身の努力をかたむけている吾々にとってはまことに心細い予測であるといわなければならない。
    出生率と死亡率とがともに低下する結果としてその国の人口現象の上に起る第二の憂慮すべき問題は若い者の割合がだんだんに少くなって年をとった人の割合が多くなってくるということである。
    これは死亡率が低くなるとともに出生率が低くなってくると長生きをする人の割合がだんだんに多くなるのに対して、毎年の生れてくる者の割合がだんだんに少くなってくるために、年の若い者の割合が減ってくることになるからである。
    ヨーロッパの文明国では死亡率と出生率とが相ともなって低下する勢いが相当に長きにわたってつづいた結果、すでに今日でも年の若い者の割合が非常にすくなくなっていわゆる「青年なき民族」となっている。
    わが国でも今日の人口を十数年前と比べてみるとすでに余程年の多い者の割合が多くなってきているが、これをこのまゝ放任することにすればこの傾向はだんだんとはなはだしくなってきてやがてはヨーロッパの場合と同じようなことになるに違いない。
    これはすこぶる寒心すべきことである。
    青年なき民族には発展もなければおそらくは未来に対するかがやかしい夢をえがくことも出来まい。
    静かに余生を楽しんでいる年寄ばかりの住んでいる国を想像してみるがよい。
    そこには進歩も発展も見出すことが出来ないであろう。
    青年なき民族がいかに悲惨な運命を辿るかということは、この度のフランスの運命がもっとも明白に示している。
    次に昭和十六年二月十九日発行の同週報にこうでている。
    (四)人口政策の目標とその方法
    日本人口のこれまでの外見上のかがやかしい発展と増加とのかげには実はこうしたおそるべき毒素がすでに醸成されていたのである。
    吾々はまずこのおそるべき毒素をとり除いて、ヨーロッパの諸国が踏んだ失敗を再び繰りかえさない様にしなければならない。
    日本の人口がだんだんに年寄りばかり多くなるとともにその増加の勢いが次第に弱まってきてついに減少の道を辿ることになるというようなことではどうして東亜共栄圏の先導者としての重大な任務をはたすことができるか。
    今後の日本は多数の若くて元気で丈夫でそして賢明な青年を要することがますます大になってきている。
    この必要に応ずるには日本の人口政策は次の四つの目的を達することを目標として樹立されなければならない。
    一、人口の永遠の発展性を確保して、人口の老衰と将来の減少とを防ぐこと。
    二、その増殖力と資質とにおいて、他の諸国を凌駕するものとすること。
    三、高度国防国家における兵力との必要を確保すること。
    四、東亜諸民族に対する指導力を確保するためにその適正なる配置をなす事。
    政府がこの度発表した人口政策確立要綱のなかで昭和三十五年において内地人人口が一億に達することを差当りの目標としたのは、これらの目的を達するに必要な人口を簡明にかつ具体的に示したものである。
    そしてこの昭和三十五年一億の目標が達せられることになればそれから後の日本における人口の増加はさらに飛躍的なるものとなり、日本民族はここに初めて悠久にしてかつ永続的なる飛躍的発展をとげる基礎を確立し得ることになるわけである。
    しかるにこの昭和三十五年内地人口一億の目標を現実に達することは実はなかなか容易ならざる大事業である。
    しかし吾々はいまやこの非常の困難を乗り超えて一日も早くこの目標に達しなければならない。
    そこでこの困難な目標に達するにはどうすればよいか。
    それには一般的に考えて出生率を引上げることと死亡率を引下げることの二つの方法が考えられる。
    そしてこれらの二つの方法の中で、人によると死亡率の引下げということに重点をおいてそれを殊更(ことさら)に力説するものがある。
    そしてそれらの人達の意見によると「近頃の我国の死亡率は急激に低下の勢いをたどっているが、しかしイギリス、ドイツ、濠州、ニュージーランドなどにくらべるとそれでもなお余程高い率である。
    これ日本の死亡率がこれからでもまだ引下げることの出来る余地が相当に大きいということを有力に立証している。
    また出生率を引上げることに力をそそぐよりはその生れた子供を大事に育ててその死亡を極力すくなくするようにすることが、人口増加の目標を達する上においてもっとも無駄の少いもっとも合理的な方法である」ということである。
    これは一応もっともな意見であるかのごとくみえる。
    死亡率を引下げるということは、わが国では特に必要な事である。
    けれども、右の意見が今後の日本の人口政策について死亡率を引下げるということを主張するのであるならばそれは必ずしも正しい意見であるということは出来ない。
    そのわけは死亡率を引下げることだけに努めてみても、ただそれだけでは計算上所期の昭和三十五年内地人人口一億の目標に達することができないというだけでなく死亡率を引下げるということだけでは何十年かの後には必ず日本の人口が減ってくるようになるときがくるに違いない。
    前に記した人口問題研究所の予測は、日本の出生率と死亡率とが昭和十二年までの時期における低下の勢いを今後もつづけることを仮定して推算したもので、それによるとわが国の死亡率がこれまでのように相当に急激な勢いでこれからも引下げられるとしても、昭和七十五年からは人口が減少することになるということである。
    従って所期の目標に到達するには死亡率の引下げにのみたよっていることはできない。
    それには出生率を引上げるということに主力をそそぐということにしなければならない。
     

    category:戦前の医学論文 | by:mistoshicomments(0) | -
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