「人口問題」

2020.02.20 Thursday 08:27
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    「今日世界の文明国において、最も重要なる問題として関心を払われつつあるものは何といっても人口問題であろう。
    それは民族興亡の根本をなすものであるからである。
    一国の富強はアダム・スミスのいった「人口増殖力に関っている」との言葉は全く至言である。
    又ムッソリニは伊太利(イタリア)国民に向って「最大の出生率と最小の死亡率とを挙げよ」と叫んだのもこの意味に外ならない。
    この様に人口問題が痛切な意味を持ち始めたという事は実に十九世紀以後の事である。
    勿論十八世紀以前にはいずれの国も統計が完備していなかったから正確な数字は知る由もないが、少くともある一国家又は一民族が戦争や天災の為一時的人口の衰退を来した事はあるであろうが、今日のごとき非文化民族以外の全文化民族が一列に人口増加率低減というがごとき現象は全く未曾有の事であろう。
    もし何世紀か前に今日のような人口低減の趨勢が始っていたとしたなら恐らく現在のごとき文化民族の興隆はあり得ない。
    であるばかりかあるいは滅亡かあるいはアイヌのごとく僅(わずか)に残存しているに過ぎない状態になっていたであろう。
    従って勿論今日のごとき絢爛たる文化の発展はあり得なかったであろう事である。
    そうしてまずこの問題に対して何よりも疑問を起さなければならない事は人口増加率低下が初まったのは十九世紀初頭からであるとすればその初まった時期からあまり遠からざる以前そうしてそれは十八世紀以前には全然なかったであろう何らかの特殊方法を各文化民族の人口全体に対して施行せられたという事が考えられなければならないのである。
    であるからそのある方法なるものを探求してその本体をつきとめなくてはならない。
    勿論文化民族全体に施行せられるという事は何の疑いもなく可と信じたからである。
    しかるに可と信じた事でもそれが何年か何十年かは可の成績を挙げ得ても、それより一層長年月に渉るにおいて可が転じて不可となるという事も考えられる訳である。
    しかしながら人間の弱点として一度可と信じた以上たとえそれが不可の現象が起っても強い先入観念に打消されて気が付かないという事もあり得るのである。
    それはちょうど邪教に一度迷信したものがいつか邪教の本体が暴露されてからでも先入観念に打消され理屈をつけて依然として盲信を続けているという事実と等しいものであろう。
    右のごときある方法ーそれを発見することがこの大問題を解決する鍵である訳である。
    しからばその謎のごときある方法とは何であろうか。
    しかしながら右の謎を露呈する前に現在我日本及び世界各国における人口動態の趨勢を示してみよう。
    昭和十五年十二月八日発行内閣週報にこう出ている。
    (我国の出生率は大正九年の人口千につき三六を絶頂として漸次低下の傾向を示し昭和十一年には三十台を割り、同十二年には三一を示したが同十三年には事変の影響を受けて二七という率に下っている。
    しかしイタリアの二三、ドイツの一九、米国の一七、英仏の一五に比ぶればなお相当に高率である。
    しかしこの事実は決して我国現下の出生率低下を楽観すべき理由とはならない。
    元来出生減退の原因は今日なお必ずしも明かでないのであって人口問題の重要な研究問題の一つではあるが、欧州文明国の経験は戦争は出生減退の原因ではないがその恐るべき促進要素である事を教えている。
    又一度開始した出生減退は驚くべき加速度を加えて急激な低落を演ずるに至るという事、更に又一度低下した出生率は回復がいかに困難であるかという事を如実に物語っている。
    なお出生減退は、一般に優れた資質の人口の増殖量の低下を来し劣悪なる資質の人口の増殖力は依然として高いから、いわゆる逆淘汰即ち質の優れたものが減って悪いものが増えるという傾向を促進するといわれている。
    この点からみると人口の資質の向上を計るには出生が多くなければならないといわねばならない)
    次に人口問題と戦争についての例を挙げてみよう(同週報による)。
    今試みに最近の最も典型的な近代戦であるさきの世界大戦におけるドイツの一例を示せば、
    ドイツは前後四年間にわたって一千三百万余の壮丁を動員し、その戦死は百八十五万の多きに達したと言われている。
    百八十五万の戦死は決して少くないが出生は減少し一般の死亡が殖えた結果ドイツの失った人口は四百二十万に達し戦死の二倍半という驚くべき多数に上っている。
     

    category:戦前の医学論文 | by:mistoshicomments(0) | -
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