「此事実を如何に見るか」

2020.02.16 Sunday 08:07
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    「仁斎先生(註 明主様のこと)創建にかかわる「新日本医術」の卓越せる治病実績は、経験者でなくては、実に信ずべからざる程のものである。
    現在までのあらゆる方法と比較して十対一か、百対一か量る事が出来得ないであろう事である。
    この治療法が社会へ知識さるるに従って、歴史以来の一大センセーションを惹起せずには措かないであろう。
    殊に欧米における医学界の驚異は、ほとんど想像を絶するものがあろう。
    彼の釈迦基督(キリスト)を初めあらゆる聖者達が遺したいかなる功績といえども、これに比較すれば、万分の一にも当らないであろう事は、断言して憚らないのである。
    それは何か、一言にして言えば全人類からの病苦祓除であり、延命の完成であるからであって、いかなる聖典も、いかなる経文も、現在の生命を救う力はあり得ないのである。
    しかし、人はいうであろう。
    現在の生命よりも、永遠の魂を救われればよいではないかと、しかしこの言は虚構であり、諦めであり、詭弁であろう。
    何となれば、現在の生命を救う力の無い者が未来を救う力は有り得ない。
    未来とは現在の生命の延長でしかないからである。
    故に、現在と未来とは、別々のものを継合せられたものではない。
    そのままの持続であり、延長であるのが実相である。
    視よ、現在の太陽も未来の太陽も同一である。
    又、過去の吾も、現在の吾も未来の吾である。釈尊が輪廻を説き、基督が永遠の生命を説いたのも、それであった。
    それがいつの間にか歪められ御都合的迷語になってしまったのであろう。
    全人類よ。黎明が来たのだ。
    最早、眠りから醒めなければならない秋(とき)が来たのだ。
    いかに惰眠を貪ろうとしても、赫々たる太陽の光は醒まさずには措かない。
    そうして、太陽の光はあらゆる偽装も卜リックも邪曲も、その実体を暴露されない訳にはゆかないであろう。
    今や「大千光明世界」は実現せんとしている。
    そうしてその治病力が、いかに絶大であるかという実例を、逐次発表するのであると共に、○○○○における○○の不完全と、○○法の未完成であるという事の実証を示して、世人を覚醒せんとするものである。」 (「健康 1号」より)

    category:戦前の医学論文 | by:mistoshicomments(0) | -
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