「誤診誤療の実例」

2020.02.12 Wednesday 08:21
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    これは実際、私が手掛けた患者であったが、それは本年正月四日に、三十二歳の婦人が来たのであった。
    その話によれば、今度の月経が例月よりも日数が多く掛ったので、心配の余り某医師に診断を乞うた所「これは大変である。子宮外妊娠であるから、急いで手術をしなければ、生命に係わる」との事を言渡されたのであるが、念の為と、ともかく私の所へ来たのであった。
    私が査べた所、全然、外妊娠などの徴候はない。
    ただ僅かに、腎臓の下部に、些(いささ)かの水膿溜結があったばかりであった。
    それも二回の施術によって、痕方もなく治癒されたので、その夫人の喜びは一通りではない。
    正月早々大手術をされ、入院もし、その苦痛と費用と日数を無益に費消し、傷痕まで付けられなければならなかったのを、僅か二回で済んだのであるから、喜ぶのも無理はないのである。
    これらの事実を検討する時、外妊娠すべき位置より、三寸以上隔っている皮下に膿結があったばかりで、専門家として誤るはずが無い訳であるに係わらず、右の様な事実があったと言う事は、どうしても不可解と今も思っているのである。


    本年三十七歳になる某上流婦人が私の所へ来たのである。
    その婦人のいわく、肩の疑りと頭痛が持病であった所、最近、月経がいつもより日数が多かったので、某博士の診断を受けた所、「右側の卵巣が、左側のよりも三倍もの大きさに腫れている。
    それが原因であるから、早速切開して剔出しなければならない。
    頭痛や肩の凝りもその為である」と言うのである。
    しかし、手術が嫌さに躊躇している所へ、私の所を聞いて来たのである。
    私は入念に査べてみた所、卵巣は左右共異状なく、全然、腫れている形跡はないのである。
    又、頭痛や肩の凝りは、卵巣とは無関係で、別箇の病気である。
    何となれば、卵巣部へ手を触れない内に、肩を治療した所、頭痛、肩の凝りは即座に軽快になったのを見ても瞭(あきら)かである。
    そうして、四回の治療によって全治したのでその驚きと喜びは想像に余りあるのである。
    右の事実によって考うる時、異常なき卵巣を腫れてると言い、卵巣と関係のない肩の凝りを関係あるという、その誤診のはなはだしいのに至っては、実に驚くべきである。
    もし、その患者が私の所へ来なかったとしたら、健全である卵巣を剔出され、一生障害者にならなければならなかったのである。
    私は実に慄然として膚(はだえ)に粟(あわ)を生じたのである。

    category:戦前の医学論文 | by:mistoshicomments(0) | -
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