「医学は退歩したか」

2020.02.11 Tuesday 08:24
0

    しからば、いかにすべきが最善であるかという事である。
    それはまず風邪に罹るや、発熱を尊重して、そのまま放置しておけばいいのである。
    そうすれば、汚濁は順調に解溶排泄さるるから根本的に頗る順調に治癒するので、勿論、再発の素因は消滅さるるのである。
    これは実験するにおいて一点の誤りの無い事を知るのである。
    この理によってみても、結核激増の真因は、全く解熱剤がその第一歩である事が知らるるであろう。
    故に、解熱剤禁止と氷冷法廃止と風邪非予防だけを行う事によっても、恐らく結核患者は三分の一以下に減少する事は断言してはばからないのである。
    実に、医学が結核患者を作りつつあるという、信ずべからざる程の戦慄事が、国家の保護の下に公然と行われつつあるという事である。
    しかしながら、医学においても、一部の進歩は認め得らるるのである。
    それは、機械の巧緻化と療法の複雑多岐と、薬剤の多種多用になった事である。
    しかしながら、根本である病原を錯覚している限り、それらはただ人々を幻惑させるに過ぎないのであって、反ってそれらに没頭し、満足しつつ終(つい)に根本に遠ざかってしまうという危険さえある事である。
    それ故に、病原の確定的発見さえあれば、器械や薬剤はむしろ不必要の存在でしかなくなるであろう。
    次に、現在医家の診断に誤謬の多い事は、実に驚くべきものがある。
    余が診査するに、官立の大病院における診断でさえ、ほとんど七、八十パーセントは誤診である。
    これを読む人は信ずる事が出来得ないであろうが、事実は厳として動かす事が出来ないのである。
    それは医学において、唯一の診断法としているレントゲン写真でさえが、決して正確ではない事である。
    それは、前述の肋骨及びその外部に滞溜せる膿の固結と、未固結の膿汁のそれが、雲状に顕出するのを肺の疾患と誤る事によっても明かである。
    もっとも写真映像は平面であるからであろうが、これらも一大自覚の必要があるであろう。
    又、ラッセルにおいても、肺胞の場合もあるが、右の肋骨付近の水膿による場合も多いのである。
    又、肺胞にラッセルがあっても、肺患でない場合も多くある事を知らねばならない。
    又、微熱であるが、これはほとんど肺が原因であるのは十人に一人もない位である。
    そのほとんどは頸腺及び肩部、肋骨部、胃部、腹部、腰部等である。
    これらの発見に因る時、医学の診断の余りにも幼稚である事は不可解と思う程である。
    故に、現今、肺結核とされ、悲観している多数の患者は、実に肺に異常のない肺患者であると言ってもいいので、その事についていつも笑うのである。
    余が治療しつつある肺患の治病率は、その悉くがあらゆる医療を受けても治癒しないで、拗(こじ)れた難治症のみであるに不拘(かかわらず)、治癒実績が実に八十パーセント以上を挙げつつあるのは、何が故であるかといえば、肺に異常の無い、いわゆる肺患者であるからである。
    次に、今一つの誤療を指摘してみよう。
    それは病気軽快と治癒との判別がなく、混同している事である。
    そもそも、病患とは前述のごとく、それは浄化作用であるから、発熱、咳嗽、喀痰、喀血、盗汗(ねあせ)等の種々の苦痛、それはその患者の活力が旺盛であればある程、苦痛現象が猛烈であるはずである。
    しかるにその場合、医療は苦痛緩和の為の対症療法を頻りに行うのである。
    その療法とは、薬剤と獣性滋養食及び絶対安静法等である。
    しかるに、前者は血液を溷濁(こんだく)させ、後者は全身的活力を衰耗させるのであるから、浄化力は薄弱化するのは当然である。
    その結果として熱は低下し、咳嗽も喀痰も減少するので、病症は確かに軽快し、治癒に向うごとく見ゆるので、時によりほとんど治癒されたかと思う事さえもある。
    が何ぞ知らん、これは浄化停止の為の一時的緩和であって治癒ではないから、再発か又は現状維持のまま、全治もせず悪化もしないで数年に及ぶのであって、この様な患者は頗る多い事は誰もが知るところである。
    これは全く自然治癒防止のそれであるから、この様な経過中において、患者が運動をすれば直ちに浄化力が発生するから発熱する。
    それを医家は驚いて病気悪化と誤解し中止させるのである。
    近来泰西において業務に従事しつつ結核治病をせよという説が現われたのは、この絶対安静の非に目覚めた証拠である。
    以上のごとき、診断の不正確と病原の錯覚と治療法の誤謬等を綜合する時、現代医学なるものは一大革命をしない限り、国家の損失と民人の不幸は測り知れないであろう。
    この真相を徹底把握するにおいて、誰か寒心せざるものがあろうか。
    ここに吾人は一大警鐘を鳴らして、当事者に一大自覚を促さざるを得ないのである。
    表題の、「医学は退歩した乎」という事は、これに依て明かであると思うのである。」 (「新日本医術書」より)

    category:戦前の医学論文 | by:mistoshicomments(0) | -
    Comment