「驚く可き誤診と誤療」

2020.02.07 Friday 08:42
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    「私は今日まで、幾多の患者を取扱いつつあるについて、実に驚くべき事を発見するのである。
    それは、患者の言に徴して、医師の誤診の余りにも多い事である。しかも、何人といえども絶対信頼を払ってる各医大における斯界(しかい)の権威者達の誤診がすくない事である。
    因ってこれから逐次発表して、当事者は固より一般世人に、警告を与えたいと思うのである。
    断っておくが、私は決して医家を非難しようとする心は、毫末も無いのであって、ただ、止むに止まれない、至情からである事を、充分諒解されたい事である。
    故に、努めて事実から、一歩も出でないように、注意するつもりである。

    五つは空の病気  京橋区新川町 SH(四十五歳。女性)
    この患者は、拾年前からの発病で、一進一退の経過を経ている中(うち)、一年位前から悪化した為、絶対安静を守り、便所へ行く以外臥床を続けていたのである。
    患者の言によれば、○○博士と○○博士の診断によれば、左の肺尖加答児、右の肺門淋巴腺、心臓肥大症、胃下垂、脚気、小腸加答児の六つの病症であるとの事である。
    しかるに、私が診査の結果、右六つの病気の中、小腸加答児だけは認めらるが、他の五つの疾患は全然無いのである。
    ただ、この患者は、長期臥床によるはなはだしい衰弱で、無論、貧血と痩羸(そうるい)は、一見重体らしく見えるのであるが、実際の病気としては、頸部の周囲、及びその付根に膿が溜結しているのみで、他は、長期に渉って服んだ薬毒の為の器能全体の衰弱と、腎臓部と腹膜に些(いささ)かの水膿滞溜をみたのみである。
    治療の結果、四日目に床を離れ、十日位から日常の家事に励しむようになり、二十日位経てから、健康時と変らないまでに全治したので、本人の喜びは言葉に現わし難い程であった。
    周囲の者の驚きは、想像に余りある程であるそうで、知る限りの人々はただ不可解というのみであるそうである。

    逆になった死の宣告  芝区白金志田町 KR(七歳。女性)
    この患者は、昨年九月○○医大の小児科医長、○○博士からこう言われたそうである。
    「この子は、入院はお断りする。何となれば、絶対治る見込はない。
    病気は、肺患であって、半ケ年以上は生命は覚束(おぼつか)ないからその覚悟をせよ」との事であった。
    診査してみると、肺は何ら異常はないのであって、ただ左右の耳下腺から淋巴腺へかけて相当大きい膿の溜結があり、その為に毎日九度以上発熱するのであった。
    私はその膿結を治療した所、漸次、解溶解熱し、一週間後に至ってほとんど平熱となり、最初は顔面蒼白元気なく、歩行も困難な状態であったのが、解熱頃から、漸次頼に紅潮を呈し、体重は増し、元気は恢復して来たのである。
    一ケ月余にして、ほとんど健康時と変らぬまでに全治したのであるが、淋巴腺の膿結が幾分残存しているので、その後、月に二、三回は来るのである。
    今年の四月、芽出度く小学校へ入学し、その溌剌たる健康振りは、普通の児童にも優る位である。
    先日も、半年以上生命は覚束ないといった博士の言葉へ対し、その余りに反対である事実を語りつつ、その母親は哄笑したのである。
    これらの実例へ対し、当事者が調査を欲する場合、何時にても欣(よろこ)んで斡旋するは勿論、むしろ患者の全治状態を参考の為審査されん事を希望してやまないものである。」 (「新日本医術書」より)

    新日本医術書 9(病気と人間の性質・医学は退歩したか・誤診誤療の実例)
    明主様御教え 「病気と人間の性質」 (昭和11年御執筆)
    「私が幾多の経験上、面白い事には病気とその人の性質とが好く適合している事を感ずるのである。
    例えば病気治療の場合、よく判るのであるが、素直な性質の人は素直に治ってゆき、淡白な人は病症も淡白である。
    それに引換え、我の強い人はそのごとく病気も長引く傾向がある。
    従って、頑固な人は病勢も頑固である。心の変り易い人は病気も変り易く、皮肉な人は病気も皮肉な経過を辿るのである。
    この理によって考える時、療病に際し、この事をよく知って、その人の悪いと思う性質を治してゆく事は、取不直(とりもなおさず)、病気に好影響を与える訳になるのである。
    それは、何事も素直になる事が最もよいのである。」 (「新日本医術書」より)

    category:戦前の医学論文 | by:mistoshicomments(0) | -
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