「健康協会会員の天寿は九拾歳を越えん」

2020.02.02 Sunday 09:02
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    「そもそも日本人本来の天寿は幾つかと言えば、百弐拾歳である。
    これはいかなる根拠から出たかと言う事を解り易く説いてみる。
    人間は天地の縮図であり、小宇宙である。
    又、日本国は地球の雛型になっているのであり、日本の気候は、四季がまことに好く調っていて、それが人生の経路によく当嵌まるのである。
    即ち、一年を十二ケ月に分ければ、春夏秋冬は三月宛である。
    それを人間に当嵌めて試ると、一歳より三拾歳までが春分となり、三拾一歳より六拾歳までが夏分となり、六拾一歳より九拾歳までが秋分となり、九拾一歳より百弐拾歳までが冬分となるのである(すべて陰暦に依る)。
    この四季の状態は、まことに人生行路の起伏をよく現わしているのである。
    まず、人間呱々の声を挙げて出生するや、芽出度いとして大いに祝うのである。
    この時はちょうど正月元旦、新年の誕生を寿(ことほ)ぐのと同じである。
    そうして漸(ようや)くそれぞれの学校を卒(お)え、丁年(ていねん)ともなれば年頃になって春になると人生の花が咲く。
    男は世に出て花を咲かさんとし女も又、春風に遇って花の蕾が綻(ほころ)びようとする状(さま)である。
    それで初経の事を花が開くという。
    それが、三拾を越えて夏分に入るや、益々、花の盛りとなるのである。
    花によっては早く咲く花と、遅く咲く花とあるが、これも人間に好く当嵌まるのである。
    早く成功する男子もあり、遅く結婚する女子もあるようなものである。
    そうして、四拾を越え、五拾を越えて、男子はいよいよ信用も得、活動の旺盛期に入り、女は幾人かの子女を得て一家繁り栄ゆる状は、ちょうど四、五月頃から、花は散っても葉や枝がいよいよ茂るのと同じである。
    そうして、六十を越えるに及んで、実りの時期となり、刈込になるのである。
    若い頃から、苦心惨澹した事業が漸く実を結ばんとし、女は又、苦労して育てた子供等が漸く一人前となって、親の為役に立つ頃となるのである。
    それがちょうど、植付の頃から、種々の手を竭(つく)して、稔らせた稲の収穫期の様なものである。
    その秋の収穫も過ぎて、いよいよ九拾を越ゆれば冬季に入るので、それからは、功成り名遂げて静かに余生を送る。それが人生真の順序である。
    故に、百二拾歳まで生きるのが本当であって、神武紀元千年頃まではそれに近かったのである。
    しかるに、人間が罪穢を構成した事と、中国から漢方医学が渡来し、人間が薬剤を服用する様になってから、追々、寿齢が短縮したのである。
    故に、今日のごとく日本人の平均寿命が、六十歳などとは古人の夢想だもしなかったところで、近代人は真に不幸なものである。
    これ全く右のごとき過誤による結果なのである。
    故に身体に毒がなければ百二十まで必ず生きられる。
    ここに、天の時来って、観音力に依る無医薬療法が創始されたのであるから、これからは漸次人間の罪穢は払拭され、体内に残存せる薬毒が減少してゆくので、復(ふたた)び寿齢は延びてゆくのである。
    それについては、本会員といえども、祖先以来の不浄が体内に残っている関係上、理想の百二十歳は難しいであろうが、九拾歳以上は必ず生きられるのである。
    この事に依てみても、いかに本会員が恵まれているかが判るのである。」 (「新日本医術書」より)

    category:戦前の医学論文 | by:mistoshicomments(0) | -
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