「内臓の三位一体と心臓の重要性」

2020.01.31 Friday 08:27
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    故に、この霊界においての清浄という所は、霊素が充ちているのであり、それは、光と熱との量積が、多分に在るという事である。
    しかるにこの霊素が稀薄である所は、反対に汚素が多分に在るのである。
    汚素とは一種の霊的曇である。別言すれば、霊界において、霊素の濃度なる所は、晴天のごとき明るさを感じ、霊素の稀薄なる所は、曇り日のごとき陰欝を感ずるものである。
    しからば、霊素、汚素の多少はいかなる原因かというと、霊素の多い条件としては、正しき神霊を奉斎する事であり、又 善に属する行為と言葉によるのであって、汚素の原因としては、右と反対に邪神や狐狸の霊を奉斎し、又は、悪に属する行為と言葉を発するが故である。
    故に、この理によって心臓の活動を旺盛にし、その結果たる血液を浄化せんと欲せば、前者の方法を実行すれば良いのであって、そうすればする程、健康を増し、不幸は解消するのである。
    しかるに、現在大部分の宗教は、光と熱を霊射する正神が少なく、大抵は暗黒に相応する邪神が多いのと、しかも、人間の行為と言葉が、悪に属する方が多いから、霊界は曇るばかりであって、全く無明地獄である。
    従って、ここに褄息する人間は、この曇れる汚素を常に心臓が吸収するから心臓は弱り、心臓が弱るから、愛の情動が稀薄になるのである。
    現代の人間に愛が乏しく、とうとうとして稀薄になるのは、実にこの理によるからである。
    しかしながら、この暗黒界にいよいよ大いなる光と熱の、無限の供給者たる光明如来、即ち観世音菩薩が救世之光となって出現されたのであるから、この御神体を奉斎する時、無量にその火素、即ち、光と熱を放射され給うので、その家の霊界は、漸次曇が消滅して明るくなるのである。
    その結果、そこに住する人間の心臓は、火素の潤沢(じゅんたく)によって活動力が旺盛になるから、愛が湧起するのである。
    その結果は争が無くなり、血液も浄化するから、健康となるのである。
    右のごとく、愛と健康を以て、業務に従事する以上、繁盛と栄達は当然の帰結であって貧は無くなる。
    病貧争絶無の根源は、これに依ても瞭(あき)らかであろう。
    ここで、今一つの基本的解説をする必要がある。
    それは、火と水との性能本質である。
    元来、火は水に依て燃え、水は火に依て流動するのである。
    もし、火を起すべき燃焼物に、全然水が無かったら、火は燃ゆる時間がなく、一瞬に爆発してしまう。
    又、水に火の影響が全然無ければ、凍結のままである。
    火の熱によって解溶するから、流動するのであって、なお進んで蒸気となり、動力発生となるのである。
    本来、肺臓は水の性能である。
    空気は、酸素、窒素等の原素はあるが、実は、水素が主である。
    故に、肺臓は主として空気、即ち水素吸収機関であるから、冷性であり、理性の発電所である。
    それと反対に、心臓は、火の性能が本質であるから、神霊界の火素(霊素)を吸収しつつあり、熱性であるから、愛と感情の根源である。
    故に、肺臓の水性を活動させんとするには、心臓の活動によって、熱素を充分供給しなくてはならない。
    故に、肺臓の活動が鈍いのは、心臓の愛の熱が少い為であるから、肺患治療に対しては、心臓へ火素を、より吸収させる事である。
    心臓へ火素を潤沢に与えんとすれば、その住する霊界を清浄にするより外なく、それは、正しき神霊を奉斎する一事である。
    この理によって、心臓を強め、心臓病を治癒するには、清浄なる空気を肺臓に与うればよいので、そうすれば肺臓の水性が活動するから、心臓の火性を揺り動かす事によって、心臓は健康になるのである。
    故に、近来肺患者の激増の原因は、各人の心臓の衰弱が原因である。
    それは、二つの理由がある。一は前述の霊界の曇の濃度、即ち、邪神狐狸の奉斎と、悪の行為言葉による影響の為と、今一つは西洋思想である。
    元来、西洋思想は、科学を基本として成った関係上、理論偏重である。
    その結果として冷性になり、愛の情動が稀薄になるからである。
    肺患者は理性の勝った者が多いので、薄情になりがちである。
    利己的であって、利他愛が少い傾向を帯びているのは、争えない事実である。
    又、心臓患者はこの反対であって、感情に走り易く、激怒し易いのであるが、近来、実際の心臓病患者は、まことに少いのである。」 (「新日本医術書」より)

    category:戦前の医学論文 | by:mistoshicomments(0) | -
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