「食餌の方法と原理」.1

2020.01.10 Friday 09:18
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    「今日、食餌の方法として医学で説いている事は、非常に間違っているのである。
    その誤りの第一は、食事の時間を決める事である。
    第二は、食餌の分量を決める事である。
    食物の種類により、消化時間が一定していない事は、営養学者も認めている。
    三時間で消化する物もあれば、五時間以上を要する物もある。
    それ故に、もし、食事から食事までの間隔を一定すれば、腹が減り過ぎたり腹が減らな過ぎたりするという、実際に適合しない事になる。
    故に、腹が減れば早く食い、腹が減らなければ延すこそ合理的である。
    それと同じ意味で、分量も定めないのが本当である。
    腹が減れば多く食い、腹が満ちれば少く食うのが合理的であり、それが自然であるから、その様に調節すれば、胃腸は常に健全である事は言うまでもない。
    ちょうど寒いから綿入を着て、火鉢に当るので、暑くなれば浴衣を着、氷水を飲むのと同じ理である。
    寒暑に対する調節や、その他の総てに良く調節をしたがる人間が、独り食物のみを調節しないで一定すると言うのは、いかにも不思議である。
    これらは全く医学そのものの誤謬が原因である事に気付くであろう。
    しかし、境遇上、例えば、時間的労務に服している者は、時間の調節は不可能であるから、せめて食物の分量だけでも調節するより致方ないであろう。
    しかしながら境遇上、可能の人は是非そうしたいのである。
    次に、今日の人間は食物について非常に誤った考を抱いている。
    それは、何を食べると薬だとか、何を食べると毒だとか言って、食いたいと思う物も食わず、食いたくないものも我慢して食うという謬りである。
    本来あらゆる食物は、造化神が人間を養う為に、種々の物を造られたのであるから、いかなる食物にも人体に必要な養素が、それぞれ含まれているのである。
    そうして、その営養素は、科学や試験管で測定するよりも、もっと簡便な正確な方法がある。
    それは、何であるかと言うと、人間自体がその時食べたいと思うその意欲である。
    なぜ、意欲が起るか。
    それは、その時その食物が肉体に必要だからである。
    故に、これ程正確に測定される機械は無い訳である。
    ちょうど、喉の渇いた時に水を欲する様なもので、それはその時水分が欠乏しているからである。
    故に、食べたくないとか、不味(まずい)とか言うのは、その食物がその時必要でないからで、それを我慢して食えば、反って毒にこそなれ、薬にはならないのである。
    満腹の時、いかに嗜好する物も、食いたくないというのは、今は、食物一切、不要という訳である。
    故に、最も理想的食餌法を言うならば、食べたい時、食べたい物を、食べたいだけ食うのが一番良いので、少くとも、病人だけはそうしたいものである。

    category:戦前の医学論文 | by:mistoshicomments(0) | -
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