「病気の原因と罪穢」.2

2020.01.09 Thursday 08:41
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    この後天的罪穢は、明白に判る場合がよくある。その二、三の例を述べて試(み)よう。
    人の眼を晦(くら)ました結果、盲になった二つの例がある。
    以前浅草の千束町に、経銀という表具師の名人があった。
    彼は贋物を作るのに天才的技術を有っており、新書画を古書画に仕立上げて売付け、何十年もの間に相当な資産を造ったのであるが、
    晩年不治の盲目となってから暫くして死んだのを、私は子供の時によく遊びに行っては、本人から聞かされたものである。
    今一つは、やはり浅草の花川戸に花亀という道具屋があって、ある年静岡地方の某寺の住職が、その寺の本尊を奉安して、東京で開帳をしたのである。
    ところが、失敗して帰郷の旅費に困り、その御本尊を花亀へ担保に入れて、金を借りたのである。
    その後金を調えて、御本尊を請けに花亀へ行った所が、花亀は御本尊の仏体が非常に高価な買手があった為、売払ってしまったので、彼は白々しくも、預った覚えはないと言切って、頑として応じなかった。
    そこでその僧侶は進退谷(きわま)り、遂に花亀の軒下で首を溢って死んでしまった。
    ところが、花亀の方では、仏像で莫大に儲けた金で商売を拡張し、その後トントン拍子に成功して、その頃数万の財産家になったのであるが、晩年に至って盲目となり、しかも、その跡取息子が酒と女狂で、忽ちにして財産を蕩尽し、ついには見る影もなく零落し、哀れな姿をして、老妻女に手を引かれながら町を歩く姿を、私は子供の時よく見たので、その謂(いわ)れを父から聞かされたのであった。
    これは全く僧侶の怨念が祟ったのに違いはないのである。
    今一つは親の罪が子に酬(むく)った話であるが、それは以前私が傭っていた十七、八の下女であるが、この女は片一方の眼が潰れて、全く見えないので、訊(き)いてみた所が、以前奉公していた家の子供が空気銃で過って、眼球を打ったとの事であった。
    なお訊いて試(み)ると、その下女の親爺は、元、珊瑚の贋玉で非常に儲けたとの事で、それは、明治初年頃、護謨(ゴム)等で巧妙な珊瑚の贋玉が出来た。
    それを田舎へ持って廻って、本物として高価に売付け、巨利を博したとの事で、その贋玉を高く売付けられた人の怨みが大変なものであったろうと思う。
    全くその罪が子に酬って、眼の玉を潰したのである。
    しかもその女はなかなかの美人で、眼さへ満足であったら、相当の出世をしたろうにと、惜しくも思ったのであった。
    今一つの例は、手首の痛む老人が、治療に来た事があった。
    十日以上も治療したが、なかなか良くならない。
    不思議に思って、その老人の信仰を訊いてみたところ、〇〇様を二十年以上も信仰していると言うのである。
    そこで私はその為であるから、それを拝むのを罷(や)めさしたのであった。
    ところが拝むのを罷めた日から、少し宛(ずつ)良くなって、一週間程で全快したのであったが、これに似た話は時々あるのである。
    正しくない信仰や、間違った神仏を拝んでいると、手が動かなくなったり、痛んだり、膝が曲らなくなったりする例が、よくあるのであって、これは全く間違った神仏を拝んだ、その罪に因るものである。
    これらの例によって察(み)るも、後天的の罪穢も軽視出来ないものであるから、病気や災難で苦しみつつある人は、この後天的罪穢をよくよく省みて過(あやま)っている事を発見したなら、速かに悔悟遷善すべきである。
    今一つは別項種痘の記事にあるごとく、陰性化せる天然痘の毒素である。
    故に病気の原因は、先天的の罪穢及び後天的の罪穢及び天然痘の毒素の、この三つが主なるものであると思えば、間違いないのである。」 (「新日本医術書」より)

    category:戦前の医学論文 | by:mistoshicomments(0) | -
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