「観音力療病とは何ぞや」

2020.01.06 Monday 08:07
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    「観音力療病という言葉は、開闢以来未だ無かった言葉である。
    それは、観音力療病なる方法が、開闢以来未だ生れなかったからである。
    それについて、観音力なるこの力は、いかなるものであるかという事を述べたいのである。
    即ち、観音力とは観世音菩薩が、ある選ばれたる一個の人体を機関として、救世済民の為揮われる不思議な力である。
    一体この不思議な力とは何であるかと言うと、それは光と熱と水霊である。
    この光熱水は、太陽が放射する光熱と、月光のエキスとのコクテルとも言うべきものであって、その霊妙なる光波は、彼のラジュウムや樟、紫外線等の何百倍であるかは測定が出来ない程の治病力あるものである。
    故に、今日の学問と人智の程度では、到底認識出来得ないものであるから、実地体験より外に真相を把握する手段は無い。
    実にこの光波こそは超召任△襦
    故にこの光波によって、一度難病が治癒せられ、又は大奇蹟に遭遇する時、初めて観音力の不思議さと、偉大さを識り得るのである。
    そうしてこの力は、釈迦も基督(キリスト)もマホメットのいかなる聖者といえども有ってはいなかったものである。
    その最大理由としては、時期の関係であった。
    もし、これらの聖者の一人にても揮ったとしたら、その時限り病無き世界となっていたはずである。
    しかるに、今日もなお依然として、否益々病苦に悩む者衢(ちまた)に充つるの事実は、それを証して余りあるのである。
    眼に見えずして治病力の強大なる観音力は、実に量り知れない力である。
    これについて一つの例を挙げてみよう。
    私が「治病観音力」と紙へ書くその紙を折り畳んで誰でもよいから懐へ入れるとする。
    そうすると、その文字の意味が光となって活動をなし、その人の手から指から射出する。
    従って、その人の掌や指が、病人の患部へ触れる時、苦痛はたちまち軽減するのである。
    故に、医学で治らなかった難病も続々治癒される、という大事実である。
    かような事を言えば、信じないばかりか、私に抗議を申込む人があるかも知れない。
    又、当局から誇大視せらるるかも知れない。
    しかし、事実は枉(ま)げる事は出来ない。
    百の理論といえども一の事実を枉げる事は、為し得ない訳である。
    確かに世界の黎明期は来ている。
    人類全体が光明に浴する時が来ている。
    この空前な力の顕れが、それを物語って余りあるであろう。」 (「新日本医術書」より)

    category:戦前の医学論文 | by:mistoshicomments(0) | -
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