自然栽培に就いて.3

2019.11.08 Friday 09:28
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     以上のごとく理論からも実際からも、一点の疑問の余地はないのであるから、農耕者としたら何を措(お)いても一刻も速かに実行に取掛るべきである。そうしてここに誰も気のつかないところに今一つの重要事がある。それは硫安のごとき化学肥料や糞尿を用いる以上、それらの毒分は無論稲が吸収するから、今日の人間は毒入り米を毎日三度三度食っている訳であるから、その毒は健康上どのくらい害を及ぼしているか分らないのである。事実近頃の人間の弱さと病気に罹り易い事と、特に寄生虫患者が農村に多い事など考え合わす時、これが最大原因である事は考えるまでもあるまい。以上によって大体分ったであろうが、この肥料迷信発見こそ、国家国民に対し計り知れない一大福音であろう。
     次に栽培法について誤謬の点が相当あるようだから、ここにかいてみるが、本教信者になって私の説を読んだり、聞いたりしながらも、素直に受入れられない人もあるが、何しろ先祖代々肥料迷信の虜(とりこ)なっている以上無理もないが、この際それを綺麗サッパリ棄ててしまい、私の言う通りにする事である。それについても種子であるが、報告中にある農林何号とか、旭何々などとあるが、これは何らの意味をなさないので、自然栽培においては一般に使う種子なら何でも結構である。つまり肥毒さえ抜ければ、どんな種子でも一級以上の良種となるからである。要は肥毒の有無であって、信者中から何年か経た無肥の種を貰うのが一番いいであろう。その場合種子も近い所程よく、県内くらいならいいが、相当離れた他県などでは成績が悪いから止(よ)した方がいい。それと共に土の肥毒であるが、肥毒が無くなるにつれて快い青色となり、茎は固くしっかりし、分蘖も数多くなり、毛根も増え、土深く根張るから、倒伏も少なく、それらの点でよく分る。そうして堆肥についてまだ充分徹底していないようだが、最も悪いのは稲田に草葉を入れる事で、これは断然廃めた方がいい。稲作はいつもいう通り藁を短く切り、土深く練り込めばいいので、余り多くてもいけない。というのはそれだけ根伸びを阻止するからである。また度々言う通り藁には肥料分はない。肥料は土そのものにある事を忘れてはならない。つまり藁を使うのは土を温めるためで、寒冷地には使っていいが、温暖地には必要はない。これが本当の無肥料栽培である。
     それから土の良い悪いであるが、これも余り関心の要はない。なぜなれば悪土でも無肥なれば年々良くなるからで、連作を可とするのもこの意味である。また浄霊であるが、これは肥毒を消すためで、肥毒がなくなれば必要はない。以上大体気の付いた点をかいたのであるが、その他の事はその場所の風土、気候、環境、位置、日当り、灌漑(かんがい)、播種(はしゅ)と植付の時期等適宜にすればいいのである。最後に特に注意すべき事がある。それは自然栽培と信仰とは別物にする事である。というのは信者にならなくとも予期通り増産されるからである。それが信者でなくてはよく出来ないと誤られると、せっかくの本農法普及に支障を及ぼすからである。事実信者未信者を問わず効果は同様である事を心得べきである。従って浄霊も余り度々行わなくともよい。なるべく人に見られないよう日に二、三回くらいで充分である。つまり出来るだけ信仰と切り放す事を忘れない事である。

    『革命的増産の自然農法解説』昭和28(1953)年5月5日発行

    category:自然農法 | by:mistoshicomments(0) | -
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