二・二六事件

2019.10.23 Wednesday 09:25
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    そこで軍部専政ともう一つは天皇の派閥争いです。これはあんまり人は知らないが、これが大変影響している。例えば二・二六事件です。あれは一つの陰某です。あの根本は徳川の派が今の天皇を倒し、元の徳川幕府に…形は違いますが、徳川勢力にしてしまおうというその形です。今だから言えますが、これはあんまり知らないでしょう。それで秩父宮様を頭としたのです。で、天皇を孤立させる政策だったのです。それで天皇の、宮内大臣として松平恒雄…あの人は二大将軍から出たのです。先祖は徳川です。松平家というのは、二大将軍が腰元に手をつけて…精しく言うと豆腐屋の娘ですが、そこに子供が出来て、つまり二代将軍の分れが松平家です。やっぱり徳川系です。それで松平恒雄さんが宮内大臣で、娘さんの勢津子さが秩父宮、それから高松宮が喜久子妃。それでだんだん徳川の勢力が増して、天皇の方をそうやって、そうして一挙にやろうとしたのが二・二六事件です。ところが神様の方では許されないのです。それはいつか日本の歴史を書きましたが、素盞鳴尊の系統ですから、それで天皇の方の系統は天照大神の傍系になるのです。盤古神皇のほうです。だからこの方は平和的な方です。それから素盞鳴尊の方は戦争が好きなのです。武力政策が好きなのです。で、日本の武家時代はみんなその系統です。そこでその争いが日本歴史です。つまり神武天皇の系統と出雲朝の大国主命の系統とが相争って、それが続いてきたのです。それで最後が徳川家です。それが天孫系にやられたので、それを再び取り返そうとしてやったその現われが二・二六事件です。それで軍部にもその二派があった。海軍は天皇を支持し、陸軍は秩父宮様を立てた。だからもし今度の戦争がなかったら、この争いは続いているのです。そこで戦争をするのに秩父宮様が怒ると面倒ですから、秩父宮様を抑えた。病気と称し…本当は病気ではないのです。それに軍人の方にも二派あり、二・二六事件で失敗してますから、あんまりそれがいばれないので、他のほうがすっかりやって、秩父宮様を押して戦争が始まった。これが太平洋戦争の秘史です。隠れた歴史です。しかしその根本は神様なのです。その奥にはまた神様が正神と邪神を闘わしているいろいろな意味があるのです。(6268)

     

    この件について、2007・6・18付け産経新聞、英機密文書が明かす裏面史に
    <東条を首相に任命する際、天皇は日米交渉を継続し、全力で戦争回避を図る事を条件にした。(中略)天皇がそんな形で(組閣に)介入したにせよ、これは前例のない出来事である。>時の英国駐日大使クレーギーが本国にあてた報告である。…英国の通信社を経てフリーで活動する徳本栄一郎さんは「英国機密ファイルの昭和天皇」を刊行した。
     本書の内容を見てゆこう。 
     戦後、駐日英国代表となりマッカーサーと面会したガスコインは、昭和天皇とマッカーサーのやりとりについて、次のように記す。
    <「そこまであなたが戦争に反対していたなら、なぜマイクの前に立ち、その旨を宣言しなかったのか」

    (というマッカーサーの問いに昭和天皇はこう答えた)
    「歴代の天皇で、側近の意見に反して行動した者はいません。1941年の時点で、もし私がそんな行動を取れば、間違いなく首をかき切られていました」>
     さらに、昭和天皇が退位したならば、肺結核を患っている秩父宮の代わりに高松宮が摂政となる可能性が高いという認識のもとガスコインはこう報告する。<他の皇族と比べた場合、降伏以来の高松宮は、公式の場で不用意な発言が目立ち、一貫性がない。…>

    category:日本とユダヤ | by:mistoshicomments(0) | -
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