生霊

2019.10.17 Thursday 10:05
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     斯ういう事もあった。某大学生に霊の話をした処中々信じない。「それなら僕に何か憑依霊があるか調べてくれ」 というので、早速霊査法に取掛かった。間もなく彼は無我に陥り、若い女らしい態度で喋り出した。その憑依霊というのは、当時浅草公園の銘酒屋の女で時たま遊びに来るこの大学生に恋愛し、生霊となって憑依したものである。霊の要求は、「この人はチットモ来てくれないので、逢いたくて仕方がないから来るように言って欲しい」 と言うのである。私も生霊とは言い乍ら、惚れた男の伝言を頼まれたという訳で、洵に御苦労千万な次第である。そうして覚醒するや彼は怪訝な顔をしている。私は 『どうでしたか?』 −と聞くと、彼 「無我に陥ったのか全然判らなかった」 と言うので、私はその女の話をした処、彼は吃驚して恥ずかしそうに頭掻きかき恐れいって霊の存在を確認したのである。
     次に、或所で若い芸者を霊査した事があった。すると旦那の霊が出て来たので、私は種々質問した処、左の如き事情が判った。その生霊は某砂糖問屋の主人で、「今晩この芸者に会う約束がしてあった処、拠ろない用が出来、遇う事が出来ないから明晩遇うという事を伝えてくれ」というのである。その言葉も態度も、先ず四、五十歳位の男性の通りであったから疑う余地はない。その話をすると彼女は吃驚した。自分は無我に陥って何を喋ったか全然判らなかったので、私の話により、右の生霊の言う通りに約束がしてあったというのであった。
     二十歳位某家の令嬢、私の所へ来て訴えるには 「自分は近頃憂鬱症に罹ったようで世の中が味気なくて困る」 というので、私は 『貴方のような健康そうで然も十人並み以上の美人であり乍ら理屈に合わないではないか、何か余程の原因がなくてはならない』と 種々尋ねた処やっとそれが判った。というのは、近所にいる或青年がその娘に恋慕し、「手紙や種々の手段で、自分を承知させようとするけれど、私はその青年が嫌いで何回も断った処、その青年は始終私の家の附近に来るので、恐ろしくて滅多に外出も出来ない」 という。私は 『その男の生霊が貴方に憑くのだ』という事を聞かした為、彼女も成程と納得し、それから漸次快方に向い全快したのである。それは病気でないという事が分ったので安心したからである。
     現代人に死霊の存在を認識させるのさえ余程困難であるが、生霊に到っては尚更困難である。併し疑う事の出来ない事実である以上、そのつもりで読まれたいのである。生霊に於てはまだ種々の例があるが、右の三例だけで充分と思うから後は略すが、生霊は総て男女間の恋愛関係が殆んどである。そうして右の令嬢の憂鬱症は如何なる訳かというと、相手の男が失恋の為の悲観的想念が霊線を通じてその令嬢に反映するからである。右の如く生霊は相手の想念が反映する訳である故に、右と反対に両者相愛する場合は相互の霊線が交流し、非常な快感を催すもので、男女間の恋愛が離れがたい関係に陥るのはこの快感が大いに手伝うからである。又死霊が憑依する場合は悪寒を催し、生霊が憑依する場合は温熱を感ずるものである。
     次に右のような他愛もない生霊なら大して問題ではないが、恐ろしい生霊もある。それは本妻と妾等の場合や三角関係等で一人の男を二人の女が相争う場合、その嫉妬心が生霊となり闘争するのであるが、大抵は妻君の方が勝つものである。その理由は、正しい方が勝つのは当然であるからで、その場合妻君の執念によって妾の方は病気に罹るとか死亡するとか、又は情夫を作って逃げるとか、結局旦那と離れる様になるものである。
     人間の生霊はそれ程でもないが、ここに恐るべきは管狐の生霊である。之は昔か飯綱遣いといい、女行者が使うのであって、人に頼まれ、怨みを晴らす等の事を引受けるのであるが、管狐というのは大きさはメロンの少し小さい位の大きさで、白色の軟毛が密生した頗るフワフワとしたもので、その霊は人間のいう事をよく聞き、命令すれば如何なる悪事でも敢行するのである。この飯綱使いは昔から関西地方に多く、その地方では飯綱遣いと縁組するなと言うそうであるが、之は少し感情を害しでもすると返報返しをされるからである。
     又、狐霊の生霊も多く、肉体だけが稲荷や野原に棲息し、生霊だけが活動するのである。

    category:霊界について | by:mistoshicomments(0) | -
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