天狗界.2

2019.10.12 Saturday 09:30
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     次に修験者などが深山へ籠もり、断食、水行等の荒行をなし、神通力又は治病力など種々の霊力を得るという話がよくあるが、それ等も天狗が憑依するのである。こういう天狗は一種の野心を持ち、その人間を傀儡として現世に於て名誉又は物質を得て、大いに時めく事を望むのであるが、これ等は正しい意味の神憑りではないから、一時は相当の通力を現わし社会に喧伝せらるる事もあるが、時を経るに従い通力が鈍り、元の木阿弥となるものである。一時時めいた○○○○や○○○○○等の如きはその好き例である。そうして人間が断食や病気等によって身心共にに衰弱する場合霊は憑り易くなるものである。 
     又目に一丁字ない者が突如として神憑りとなり、詩文や書など達筆に書くという例なども天狗の憑依である。
     ここで、飲酒癖について解説してみよう。酒豪となると、何升もの酒を短時間に飲んでしまう事は不思議である。昔から酒なら一升飲めるが水は一升飲めないというが、これは理由がある。即ち酒癖の原因は酒を好む霊が憑依し、常に腹部に蟠居している。一度酒が腹中に入るや、その憑依霊は酒の精を吸収するから、酒の体は非常に減量する。例えば一升の酒が一合以下になるという訳で、多量に飲めるのである。丁度腹中に酒を吸う海綿があるようなものである。そうしてこの霊とは天狗及び狸が主なるもので、稀には龍神もある。酔うと議論するのは天狗で、愉快になったり笑ったり眠くなるのは狸と思えば間違いない。
     右の理によって酒癖のある人に対し、腹部に向かって本療法を施せば必ず酒量は減じ少量にて酔うようになるが、これは霊が萎縮するからである。本医術の修得者は如何に酒癖ある人と雖も、漸次その量が減り普通人の程度になるのである。この点のみを考えても本医術の偉大さを知るであろう。
     天狗の霊について私の体験をかいてみよう。以前私は武州の三峰山に登った事がある。その夜、山頂の寺院に一泊したが、翌朝祝詞奏上の際私に憑った霊があるので訊いてみると、二百年位前天狗界に入った霊で、駿河国三保神社の神官であったそうである。何故私に憑依したかと訊くと、その頃私が愛読していた或宗教のお筆先を読んでもらいたいというのである。そこで私は、私も好むので出来るだけ読んでやったが、約半年位居て彼は厚く礼を述べ帰山したのであった。天狗の性格は、理屈っぽく慢心をしたがり、下座が嫌いで人の上に立つ事を好み、言い出した事はあくまで通したがり、人の話を聞くより自分の話を聞かせたがるものである。又鳥天の憑依者は鳥の特色を表わしており、口が尖り声は鳥の如き単調音で、性質は柔順で争を好まないから、人に好かれる。又空中飛翔の夢を見る人がよくあるが、これは鳥天の憑依者である。
     

    category:霊界について | by:mistoshicomments(0) | -
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