人間の死後と畜生道

2019.10.10 Thursday 09:08
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     私は以前から、人間の死後その罪によっては畜生道に落ち、再生の暁畜生になるという訳をかいた事があるが、今度その生生しい事実を報告して来たから左に載せる(本誌には省略)が、これを見たら何人と雖も、最早疑う余地はあるまい。これに就いて聊かここに解説してみるが、如何なる訳で畜生道に落ちるかということである。それは生きている内に、畜生と同様の想念を持ち、畜生の如き行いをするからで、形は人間であっても、霊は已に畜生になり切っているのである。
     死とは、勿論亡骸を娑婆に打ち棄て、霊だけ霊界へ入るのであるから、霊界に入った時は畜生その儘という訳である。そこで、どんな人間でも改心せざるを得ない事になるが、といって中々簡単にはゆかない。そこで殆んどの霊は生前の罪を悔い、如何なる難行苦行をしても、一日も早く人間に生まれ変わりたいと思い、世の為人の為罪の償いをするのである。であるから畜生は好んで苦難を求め犠牲になりたがる。その意味を知らない人間は、以前も私は書いた事があるが、動物虐待防止などを良いとして行うが、実は畜生にとっては有難迷惑なのである。 併し畜生道といっても種々ある。というのは現世に於ける時、その行為に相応するので、例えば執着の強いものは蛇、人を瞞した者は狐、横着な奴は狸、スパイ行為は犬、無鉄砲な奴は猪、怠け者は猫、奸智に長けた奴は猿、チビチビ金ばかり貯めたがる人間は鼠、年中ブラブラして活動を嫌うものは牛、獰猛な奴は虎や狼、又ノド自慢を種に罪を作る者は小鳥等に生まれるものである。
     特に、○○主義者の如きは、霊界へ往くと悪龍又は鬼になるものである。したがって、これなどは、再生までに長年月苦しむのは当然で、これも仕方がないであろう。
     以上、概略かいてみたが、要するに人間生きてる間に、神を信じ出来るだけ善事を行い、死後の準備をなしおくべきである。その結果安楽往生を遂げ、霊界に往くとすれば天国の天人となり、再生の場合幸運者となるのは明らかである。これは私の長い経験によって帰納された結論で、一点の誤りない事を断言するのである。

    category:霊界について | by:mistoshicomments(0) | -
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