霊憑りに就いて.1

2019.10.08 Tuesday 08:45
0

    霊憑りの危険な事は、常に私は注意しているに拘らず、今以て止めない人があるが、これは断然やめるべきである。それに就いて何故悪いかを詳しく説明してみるが、霊憑りの八、九割迄は狐霊であって、狐霊の九割九分まで邪霊であるから、人を瞞事など本能的であり、人間に悪い事をさせるのは何とも思わない処か、寧ろ面白くて仕様がないのである。という訳で彼等の中でも高級な奴になると、憑依する場合何々の神だとか、何々如来、菩薩、龍神などと言い、本人にもそう思わせると共に、人にも信じさせようとするので、ご本人もすっかりその気になってしまい、生神様扱いにされて多くの人から敬われ、贅沢三昧に耽るのがよくあり、これが狐霊の本性である。そうして狐霊中でも劫を経た奴になると、相当神通力を有っており、人間に憑依するやその人の思っている事は何でも分るから、それに合わせて色々なたくらみをする。例えばその人が神様の様に人から尊敬されたいと思っていると、いつしか憑依してしまい、本人の思惑通りにとりかかる。自分はこれこれの立派な神の再来だとか、最も多いのは天照大御神の御名を僭称することで、これは誰も知っているが、そうかと思うといとも功名に、この人はと思う人には自分との因縁を結びつけ様としたり、多少の奇蹟も見せるので善男善女は一杯くってしまうのである。これは世間よくある話で、方々にある流行神などは皆この類で勿論こういうのはイッパシ腕のある狐霊で、世間の甘い人達はつい瞞されてしまう。又中には無暗矢鱈に金を欲しがる人があると、それを知る狐霊は、憑依するや悪智慧を働かせて、巧く金を掴める様にするが、勿論手段を選ばず式で、大抵は罪を犯させ、一時は巧くゆくが結局は失敗してしまい、その筋の御厄介になる者さえよくある。又女を得たい人間には巧妙にその女に接近させ、女の関心を得るよう甘い言葉や手段を用い、時には暴力を振るう事さえあるのだから危い話である。そのように元々動物霊であるから、善も悪もない。只人間を道具にして自由自在に躍らせればいいので他愛ないものである。このように狐の方が人間より一枚上になるから、万物の霊長様も情ない話で、これが分ったなら人間様も余り威張れたものではあるまい。その他狐霊の外、狸霊、龍神、悪質天狗等も憑って人間を誑すが、その中でも邪悪の龍神が最も恐るべきものである。本来龍神なるものは、並々ならぬ強い力と、そうして智慧を有っているから、人間を自由にし、場合によっては人に傷害を与えたり、命をとる事等朝飯前である。昨年の事件の時なども、多くの悪龍が活躍した事は以前もかいたが、そういう場合血も涙もない残虐極まるものである。しかも狐霊などとは異い、龍神は知能的で、悪智慧が働くから思想的にも人間を自由にする。何々主義などといって悪質犯罪を平気でやらせ、社会に害毒を流すのも原因の多くはそれである。そこへゆくと狸霊や天狗の霊は大した事もないが、只天狗は霊力が強いのと、学問があるのが多いので、彼等の中の野心家はそういう人間を掴まえて踊らせ、世間に名声を博し、出世をさせて大いに威張りたがる。その様な訳で、天狗の霊憑りは昔から禅僧、学者、宗教の創立者などに多く、長続きする者は至って少ないのである。以上憑霊に関しての色々な事をかいたが、ここで充分知って置かねばならないのは、単に邪神といっても個性的に悪い事をするのではない。その奥に邪神を操っている頭目があって、此奴こそ最も恐るべき存在である。この頭目の力には大抵な神も歯が立たない位である。処がこの邪神の頭目は陰に陽に絶えず悟々の仕事を妨害している。特に本教は邪神にとっては一大脅威であるから、彼等の方でも頭目中の頭目が対抗しているので、これこそ正邪の大戦いである。

    category:霊界について | by:mistoshicomments(0) | -
    Comment