死後の種々相.1

2019.09.29 Sunday 08:49
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     死にも種々あるが、脳溢血や卒中、心臓麻痺、変死等の為、突如として霊界人となる場合があるが、何も知らない世人は病気の苦痛を知らないから寧ろ仕合せであるなどというが、これ等は非常な誤りで実はこの上ない不幸である。それは死の覚悟がない為霊界に往っても自分は死んだとは思わず相変らず生きていると思っている。然るに自分の肉体がないので遮二無二肉体を求める。その場合自己に繋がっている霊線を辿るのである。霊線は死後と雖も血族の繋がりがあるから、霊はそれを伝わり人間に憑依しようとするが、憑依せんとする場合衰弱者、産後貧血せる婦人、特に小児には憑依しやすいので、多くは小児に憑依する。これが真症小児麻痺の原因であり、又癲癇の原因ともなるので、小児麻痺は脳溢血の如き症状が多いのはその為であり、癲癇は死の刹那の症状が現れるのである。例えば泡を吹くのは水死の霊であり、火を見て発作する火癲癇は火傷死であり、その他変死の状態そのままを現わすもので、夢遊病者もそうであり、精神病の原因となる事もある。
     次に変死に就いて知りおくべき事がある。それは他殺自殺等凡て変死者の霊は地縛の霊と称し、その死所から暫くの間離脱する事が出来ないのである。普通数間又は数十間以内の圏内に居るが、淋しさの余り友を呼びたがる。世間よく鉄道線路等で轢死者が出来た場合、河川に投身者のあったその岸辺、縊死者のあった木の枝等よく後を引くが右の理によるのである。地縛の霊は普通三十年間その場所から離れられない事になっているが、遺族の供養次第によっては大いに短縮する事が出来得るから、変死者の霊には特に懇ろなる供養を施すべきである。そうして凡ての死者特に自殺者の如きは霊界に往っても死の刹那の苦悩が持続する為大いに後悔するのである。何となれば霊界は現界の延長であるからである。
     この理によって死に際し、如何なる立派な善人であっても苦痛が伴う場合中有界又は地獄に往くのである。又生前孤独の人は霊界に往っても孤独であり、不遇の人はやはり不遇であるただ特に反対の場合もある。それは如何なる事かというと、人を苦しめたり、吝嗇であったり、道に外れた事をして富豪となった人が霊界に往くや、その罪に依って反対の結果になる。即ち非常な貧困者となるので大いに後悔するのである。これに反し、現界にいる時社会の為人の為に財を費し善徳を積んだ人は霊界に往くや分限者となり、幸福者となるのである。又こういう事もある。現界に於て表面は如何に立派な人でも、霊界に行って数ヶ月乃至一ヵ年位経るうちにその人の想念通りの面貌となるのである。何故なれば霊界は想念の世界で肉体という遮蔽物がないから,醜悪なる想念は醜悪なる面貌となり、善徳ある人はその通りの面貌となるので、これによってみても現界と異なっている事が知られるのである。

    category:霊界について | by:mistoshicomments(0) | -
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