霊界の構成.6

2019.09.26 Thursday 08:57
0

     右の如き実例は非常に多く、読者中にも思い当る事が幾つかは必ずある筈である。私の経験にこういう事があった。以前私が或家へ治療に行ったことがある。その家に可成り大きな犬が居た。家人の曰く『この犬は不思議な犬で、決して外には出ない殆んど座敷住居で、絹の上等の座布団でないと坐らない。又家人が呼べば来るが、使用人では言う事を聞かない。食物も粗末な物は絶対に食わないという贅沢さで、よく人語を解し、粗末な部屋や台所を嫌い、上等の部屋でなくては気に入らないという訳で、その他すべてが人間の通りである』との事で、その疑問に対し私は斯う答えた。『それは貴方の家の祖先が畜生道に落ち、犬に生まれ変って来たので、その因縁によって貴方の家に飼われるようになり、祖先としての扱いを受けなければ承知しない訳である』との説明によって了解されたのである。
     これは現在開業中の私の弟子が実験した事実であるが、今から二十数年以前、横浜の某所に或中年の婦人、不思議な責苦に遭っているのを聞いたので、好奇心に駆られ早速行ってみた。本人に面会すると、彼女は首に白布を巻いていたが、それを取除くと、驚くべし一匹の蛇が首に巻きついている。その蛇は人語を解し、彼女が食事をする時一杯とか二杯とか量を限って許しを乞うと、その間蛇は巻きついていた力を緩めるので食事をする。それが約束より少しでも超過すると再び喉を絞めて、決して食わせないのである。処がその原因に就いて語った処によれば『自分がその家へ嫁入後暫くして姑が病気に罹ったので、自分は早く死ねよがしに食物を与えなかった。それが為餓死同様になって死んだそうである。その怨霊が蛇になって仇を討つべく、この様な責苦に遭わせるのである』との事で『一人でも多くの世の中の人に罪の恐ろしさを知らせ、幾分なりとも功徳をしたい』という念願であるとの事であった。
     又動物の虐待に就いて世人の誤解している事がある。それは動物に対し人間と同様に見る事で、動物虐待は人間から見ると非常に苦痛の如くに思うが、実はそれ程ではない。寧ろ牛馬の如きは虐待さるる事を欲するのである。故に態と歩行を遅々とするのは鞭をあてて貰いたいからで、鞭の苦痛で走るので
    はない。牛馬は打たれる快感を貪りたい為である。これに就いて人間にもサデズムという性的変態症があるが、これは肉体的虐待によって快感を催すのである。勿論これは牛馬の如き虐待を好む動物霊の憑依によるのである。この意味に於て動物愛護や動物虐待防止は考え物であろう。
     ここで仏壇に就いての説明をするが、仏壇の内部は極楽浄土の様相を備えて祖霊を招ずるのである。
    極楽界は飲食饒かに百花咲き乱れ、香気漂い、優雅な音楽を奏している。故に小やか乍らも、その型として飲食を上げ、花を供え、線香を上げるのである。又寺院に於ても同様で、木魚を叩き、鐃(にょう)はちを鳴らし、笙、篳篥(ひちりき)の楽を奏するのは何れも音楽の意味である。又仏壇へ飲食を供する際鐘を叩くのは霊界への合図である。
     

    category:霊界について | by:mistoshicomments(0) | -
    Comment