霊界の構成.2

2019.09.22 Sunday 08:54
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     それに就いてこういう話がある。昔某高僧と某学者と「死後地獄極楽ありや」という論争の結果、高僧は有りといい、学者は無いという。竟に高僧は、「真偽を確かめるには死ぬより外ない」といい、学者に対し両者死を以て解決しようと言ったので、学者は兜を脱いだという話がある。これは笑い事ではない。高僧の言う方が真実である。然るに生き乍ら霊界を探求出来得るとしたら、これ程仕合せはあるまい。先ず私の体験によって知り得た種々の例証をかいてみよう。
     某会社重役夫人(三十歳)から重病の為招かれたことがあった。勿論医師から見放され、家族や親戚の人達が是非助けて欲しいとの懇願であった。その患者の家は私の家より十里程離れていたので、私が通うには困難の為直ちに自動車に乗せて私の家へ連れて来た。その際途中に於ての生命の危険を慮り夫君も同乗し、私は途中で片手で抱き、片手で治療しつつ兎も角無事に私方へ着いたのである。然るに翌朝未明附添いの者に私は起された。直ちに病室へ行ってみると、患者は私の手を握って放さない。曰く『自分は今、身体から何か抜け出るような気がして恐ろしくてならないから、先生の手に掴まらしていただきたい。そうして私はどうしても今日死ぬような気がしてならないから、家族の者を至急呼んでいただきたい』というので、直に電話をかけた。一時間余の後、家族や親戚数人、会社の嘱託医等自動車で来た。その時患者は昏睡状態で脈搏も微弱である。医師の診断も勿論時間の問題との事である。そうして家族に取巻かれ乍ら依然昏睡状態を続けていたが、呼吸は絶えなかった。終に夜となった。相変わらずの状態である。丁度午後八時頃、突如として眼を開き不思議そうに四辺を見廻している。曰く『私は今し方、何ともいえない美しい所へ行って来た。それは花園で、百花爛漫と咲き乱れ、美しき天人達が大勢いて、遥か奥の方に一人の気高い絵で見る観世音菩薩のような御方が私の方を御覧になられ、微笑まれたので、私は有難さに平伏した、と思うと同時に覚醒したのである。そうして今は非常に爽快で、この様な気持ちは、罹病以来未だ曾てなかった』との事である。その様な訳で翌日から全然苦痛はなく、否全快してしまって、只衰弱だけが残るのみであった。それも一ヵ月位で平常通りの健康に復し、その後も何等異状はなかったのである。以上は全く一時的霊が脱出して天国へ赴き、観世音菩薩より霊体の罪穢を払拭されたのである。そこは第二天国の仏界である。
     次に二十歳位の女子、重症肺結核で一旦治癒したが、一ヵ年程経て再発し、終に死んだのである。それでその霊を私が祀ってやった。処がその娘に兄が一人あった。非常に酒飲みで怠惰で困り者であった。娘が死んでからニ、三ヵ月経た頃、或日その兄が自分の居間に座っていると、眼前数尺の上方に朦朧として紫色の煙の如きものが見えるかと思うと、その紫雲は徐々と下降する。すると紫雲の上に死んだ筈の妹が立っている。よく見ると生前よりも端麗にして美しく、衣服は十二単の如き美衣を着、犯し難い品位を備えている。そうして妹の曰く『私は、兄さんが酒を廃めるよう勧告に参りました。どうか家の為身の為禁酒していただきたい』と懇ろに言って再び紫雲に乗り、天上に向かって消え去ったのであ
    る。処が数日を経て同様の事があり、又数日を経た三度目の来降である。その時は眼前に朱塗の曲線である美しき橋が現われ、紫雲から静かに降り立った妹は、橋を渡り来って曰く、『今日は三回目で、今日限りで神様のお許しはなくなる。今日は最後である』といって例の如く禁酒を奨めたが、それ以後はそういう事はなかったそうで、これは勿論一時的霊眼が開けたのである。
     右は、天国から天人となって現界へ降下せる実例としては好適なものであろう。又面白い事は、右の兄なる人物は全然無信仰者で、霊などに関心など持たず、潜在意識などある訳がないから、観念の作用でない事は勿論で、右の話は母親から聞いたのである。

    category:霊界について | by:mistoshicomments(0) | -
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