霊線に就いて.3

2019.09.20 Friday 09:26
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     特に宗教家であるが、一宗の教祖、管長、教師等に至っては、多数の信徒から生神様の如く讃仰される以上、その霊魂の反映力は著しいものであるから、大いに心すべきである。然るにその高き地位を利用して面白からぬ行動のあった場合、信徒全般に反映し、終にはその宗教は崩壊の止むなきに立到るので、この様な例は人の知る処である。
     霊線は人間許りではない、神仏からも人間に通じさせ給うのである。只人間と異なる処は神仏からの霊線は光であり、人間の霊線は上魂の人で薄光位であり、大抵は光のない灰白線の如きもので、悪人になる程黒色を帯びるのである。世間よく友人を選ぶ場合善人を望むが、それは善に交れば善となり、悪に交れば悪になるという訳で、全く霊線の反映によるからである。
     神仏と雖も正邪があり、正神からの霊線は光であるから、常に仰ぎ拝む事によって人間の霊魂は浄化されるが、邪神は光処か一種の悪気を受ける事になるから、思想は悪化し不幸の人間となるのである。故に信仰する場合、神仏の正邪を判別する事が肝要である。又正神と雖も、神格の高下によって光の強弱がある。そうして高位の神仏程その信徒に奇蹟の多いのは、霊線の光が強いからである。以上、人間に関する霊線の意義を概説したが、人間以外の事象にも霊線の活動がある。それは人間が住居している住宅、平常使用し愛玩している器物、特に愛玩の物ほど霊線が太く、衣服装身具等もそうである。斯ういう話がある。以前米国の心霊雑誌中にあった記録であるが、或一婦人は不思議な能力を持っている。それは器物によってその持主の人相、年齢、最近の行動等が分るそうで、その場合器物を熟視すると、その器物の面に写真の如く現われているとの事であって、これは霊線によって印画されたものである。これによってみても霊線の活動は、如何に幽玄微妙であるかが知らるるのである。
     近来宇宙線なるものを科学的に研究しているが、これは私の見る処によれば星と地球と連結している霊線である。元来地球が中空に安定しているという事は、地球周囲の衛星の霊線が地球を牽引しているからである。故にその霊線の数は何万、何億あるか測り知れない程の数で、地球の中心部にまで透過しているのである。序だから、私は天体と地球との関係について聊か述べてみよう。
     元来天体と地球とは合わせ鏡の如くになっている。そうして星には明暗ニ種あり、即ち光星と暗星である。暗星は全然光がないから人間の眼には映らないが、年々光星に変化し、増加する。何故暗星が光星に変化するかというと、それは宇宙物質の硬化作用によるので、硬化の極点に達した時光輝を発し始めるので、地球にある最硬化の鉱物が最も光るダイヤモンドであるのと同一の理である。したがって地球の創造当時は、星の数は暁の星の如く少かったもので、星の数の増加と地球上の人類の増加と正比例しているのである。故に向後、星の数も人類の数も、如何程増加するか計り知れないものがあろう。よく天文学者が新星を発見するが、これ等は暗星が光星に変化し、人間の眼に映じ始めた為である。又流星は星の分裂作用であり、隕石はその際の破片である。星にも木火土金水の巨星を始め、大中小無数の星があるが、これ等も悉く地球人類に反映しているので、右の五星はその時代に世界的人物五人ある訳である。人間を星に準え、著名な人物に対し「巨星往来」とか「巨星墜つ」とかいう事も、面白いと思うのである。 泰西に於ても星占いの頗る盛んな時代があって、僧侶がそれを行い、人間の吉凶禍福、病気判断等に利用したりして一世を風靡したという事が史実にある。支那の易学にも九星を本義とした等、反って古代人が星に関心をもっていた事は無意味ではなかったと思うのである。
     又火星の生物説であるが、これは誤りである。私の解する処によれば、生物はこの地球だけであって、然も大宇宙の中心が地球であり、万有は人類の為の存在であるから、人間は如何に尊いものであるかを思うべきである。
     

    category:霊界について | by:mistoshicomments(0) | -
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