医学の考え方

2019.05.05 Sunday 08:57
0

     現代医学に於ての根本的誤謬をかいてみるが、それは考え方の如何にも浅い事である。今其ニ三をかいてみるが、例えばビタミンが不足しているから、それを補えばいいというが、本来ビタミンが不足するという事は、ビタミン生産の体内機能に故障があるからで、その故障を除けばいい訳である。処が悲しい哉、医学ではその故障の発見が出来ないので、止むを得ず口からビタミンを入れるのである。そうして不思議な事にはビタミンなど知らない時代の人間の方が、現代人より余程健康であったようである。又いつも言う通り下痢であるが、之は汚物の排泄作用であるから、腹の中の掃除が出来て、健康上頗る結構であるに拘わらず、医学はそれを止めて出さないようにするのであるから、恐らく斯んな間違った話はあるまい。処が滑稽なのは下痢に対し、よくお腹が壊れたというが、之を吾々からみれば、斯んな馬鹿々々しい話はあるまい。此事に就て私はいつも言うのであるが、人間の腸は瀬戸物や硝子で出来たのではないから、壊れるなどという訳はないと大笑いするのである。それと同じように咳や痰、鼻汁、汗等の汚物排泄も、医学は停めようとしたり、熱が出れば氷で冷し、盲腸が痛めば切って徐って了うのである。盲腸が痛むのは痛む原因があるからで、其原因を徐りさえすればいいのであるが、それが出来ないので切るのだろうが、それに対する言い訳が拙い。曰く盲腸など人間の体には余計なもので、無い方が安全だというのであるから、恐れ入って了う。人間を造られた神様も、呆れて苦笑なさるであろう。又腎臓もそうで、悪いと剔出してしまう。斯うみてくると病気に対する考え方の安直で乱暴なる驚くべきだと言えよう。之が医学の進歩だそうである。恰度悪い人間を善くするのでなく、邪魔だから放り出して了えというのと大差あるまい。実に非文化的な行り方ではあるまいか。之に就て以前私は現代医学の手術は、野蛮極まると或論文にかいたら、早速警察へ呼び出され、散々御目玉を喰らった揚句、過料に処せられた事があったが、之では野蛮は医学のみではなく、司法行政も同じだと思った事がある。之を一層分り易く言えば、熱が出て冷やすというのは、恰度怒った人間を殴って押静めるようなものである。痰や洟、汗、下痢などを止めるのは、ゴミ箱の蓋を釘付けにして、掃除が出来ないようにするのと同様であろう。処が世間一般は之が進歩した医学と随喜渇仰して生命を御委せしているのだから、開いた口が窄まらないのである。以上の如く私は忌憚なく現代医学を批判してみたが、之を読んだら少しは判るであろうと思うが、斯う迄言わなければならないのは、寧ろ悲しむべきである。
     最後に結論をかいてみるが、つまり之迄の医学の考え方は、表面に現われた結果を押さえつけようとして、それのみを研究して来たので、今一歩深く掘り下げる事に気がつかないのである。其結果真の原因が掴めない儘、相変らず邪道を進んでいるのである。一切は原因があって結果があるとしたら、現代医学者も何とか目が醒めて、考え直して貰いたいのである。

    category:手術について | by:mistoshicomments(0) | -