医療誤点の種々相.2

2019.04.25 Thursday 09:08
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     右の如く自然療法によって治せば毒が減るから、風邪引く度に軽く済むようになり、遂には全く引かなくなる。斯うなってこそ通勤者も通学者も、如何なる階級の人も無病息災年中無休で働かれ、日々愉快に仕事が出来、家族一同も病気の心配がなくなるから、家庭の集合体が社会であるとしたら、社会全体天国化するのは必然である。
     しかし医療によっても病気の治る事があるから、其説明をしてみるが、医療で治る理由は二つある。一は再三かいた通り、薬剤其他の方法を以て毒素を極力固め、浄化が停止される結果治ったようにみえるが、真の全快ではないから、何れは必ず浄化発生する。併し此事を知らないから、世人は医療で治ると思うのである。今一つは、医療で毒素を固めようとしても、浄化力旺盛な人は、仲々固まらないで、自然に少しづつ排除され、或程度減る為治る場合であって、之は真の治り方であるから再発はないが、斯ういう人は滅多にない。処が最初から医療を受けず、自然に放っておけば浄化は順調に行われ、一層早く治るのである。
     此意味を今一層徹底してみると斯ういう事になる。それは病気の苦痛のあるだけは、浄化が行われている以上、毒は減りつつある訳で結構なのである。併し人間の苦痛は我慢出来ないから、一時でも楽になろうとして、薬毒を用いるのである。之は恰度借金を返すのは辛いから、延期するようなものである。としたら日の経つに従い利子が溜まって、借金の苦しみは増え、厳しい請求となるが、又々延期をするが、次は一層激しい請求となるから、愈々苦しくなると同じように医療で延期をすればする程、段々悪化するのである。ではどうすればいいかというと、最初の時に苦痛を我慢する事である。そうすれば苦痛は一時的で病原が減る以上、左程長く続くものではない。急性病なら先ず二三日で済むものである。其他の方法としては本教浄霊による外ない事は曩にかいた通りである。
     又結核の間接的原因としての肋間神経痛であるが、此原因は意外な処にある。それは首から上の病気でよく手術をするが、此際使用する消毒薬の為が最も多いのである。然るに医療は消毒薬は殺菌に不可欠のものとして必ず用いるが、此薬毒こそ実に恐るべきもので、此毒分は非常に強烈で、而も筋肉から直接滲透し、量も多いと共に、それが下降して肋骨部に固結し、尚下降して下半身に及び、種々の病原となるが、此毒性は執拗で、治るにも長時間を要するのである。従って此消毒薬の害が判っただけでも、如何に多くの人が救れるかを私は常に思うのである。
     次に医学の原理であるが、医学には原理がないと言ったら何人とも驚くであろうが、それは何よりも真に病原が分かっているとしたら、動物実験の必要はない訳で、何を好んでモルモットや二十日鼠など多数の殺生をしなければならないかで、之こそ全く原理が分かっていないからである。彼の駆黴薬六百六号にしろ、此薬は六百六回の実験を経て、漸く完成したというのであるから、推して知るべきである。之だけにみても原理不明をよく物語っている。即ち今日の医学は全く原理ならざるものを原理と錯覚しているにすぎないのである。
     元来病気なるものは、人体に現われたる現象であって、実体ではないので、此区別が医学では分かっていないのである。従って病気の種類が多いという事は、現われる部分が多いからで、其部分々々の異いさによって病名が附されているだけの事で、病原は一つなのである。というように医学は病気の種類によって、病理も夫々異うように思い、治療手段を工夫したので、之が一大欠陥である。故に進歩したといっても、右の如く根本には全然触れていず、外部的症状のみを対象としている以上、治らないのは当然である。
     私が之を唱える証左として、本教の治療であって、如何なる病気でも浄霊一本で素晴らしい成績を挙げているにみても分かる如く、現代医学は全く幼稚極まるものであって、医学で唱える病理というのは、実は機械的推理以外には出ていないのである。何よりも根本原理が分かっているとすれば、其原理通りに治療を行いさえすれば、必ず治る筈であるから、動物実験などの必要はない訳である。以上によって私は全世界の医学者に希望するのは、先ず此点に気づく事である。それが分かれば既成医学は揚棄せざるを得なくなり、茲に医学の再出発となって、真の医学は生れるであろう。でなければ此儘では今後何年経っても、真の病理発見など痴人の夢でしかない事を断言するのである。
     

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