「各国に於ける人口動態」

2020.02.28 Friday 08:04
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    この出生率と死亡率と共に低下するということは注意すべき事であって、世論においては死亡率漸減は医学の進歩の結果と解釈しているが、それは誤りであって私はその原因を後段に詳説する事とする。
    出生率並びに死亡率共にこの傾向を持続するものと仮定し、将来の予想を中川友長博士が推算されたものを示せば次のごとくである。
    年次     出生率    死亡率     自然増加率
    昭和 十年  三一・六三  一六・七八   一四・八五
    同 十五年  二八・七八  一五・三○   一三・四八
    同 二十年  二七・四七  一四・○六   一三・四一
    同二十五年  二六・五二  一二・九九   一三・五三
    同 三十年  二五・二七  一二・一○   一三・一七
    同三十五年  二三・五七  一一・三二   一二・二五
    同 四十年  二一・八五  一○・九○   一○・九五
    同四十五年  二○・三○  一一・○四    九・二六
    同 五十年  一九・一三  一一・四四    七・六九
    同五十五年  一八・二五  一一・八八    六・三七
    同 六十年  一七・三三  一二・五七    四・七六
    間六十五年  一六・二八  一三・○九    三・一九
    同 七十年  一五・二一  一三・七○    一・五一
    同七十五年  一四・二一  一四・二七(−) ○・○六
    同 八十年  一三・三五  一五・○八(−) 一・七三
    同八十五年  一二・六○  一五・六九(−) 三・○九
    同 九十年  一一・九○  一六・○六(−) 四・一六
    同九十五年  一一・二○  一七・三五(−) 六・一五
    右の表についてみれば、出生率は次第に低下して昭和三十五年には最近のイタリアの出生率二三・六に、昭和五十年には最近のドイツの出生率一九・七に、昭和七十年(平成5年)には最近のイギリスの出生率一五・一に、昭和七十五年には最近のフランスの出生率一四・六に接近する事になっている。
    出生率の低下傾向は更に持続して昭和九十五年(平成30年)には一一・二○に低下する計算になるのである。
    この出生率は第一次世界大戦当時のフランスの出生率にほぼ相当する。
    次に死亡率の低下をみるに昭和十五年にはフランス最近の死亡率一五・四に、昭和二十年にはイタリア最近の死亡率一三・九に、昭和三十五年には最近のイギリス死亡率一一・六に、ドイツの死亡率一一・七に、昭和四十年には最近アメリカの死亡率一○・七に接近する。
    しかし我が国の死亡率はこれ以上に低下する見込がないのであって、昭和四十年以後においては再び上昇の傾向をとり、昭和九十五年においては昭和十年の死亡率よりは却って高くなると推算される。
    昭和十年より四十年に至るまで死亡率が次第に低下するのは出生率の減退によって死亡危険の多い乳幼児の割合が減少し、死亡危険の比較的少い青壮年者の割合が増加するからである。
    しかるに昭和四十年以後においては死亡危険の多い乳幼児の割合は引続き減少するが、他方死亡危険の多い老年者の割合が次第に増加するからである。
    次に自然増加率の推移をみるに出生率の低下は死亡率の低下より大である為に自然増加率は次第に低下するのであるが、昭和三十年まではなお一三以上の自然増加率を維持する事が出来る。
    しかし昭和四十年以後においては出生率は依然として低下を持続するに反して死亡率は次第に上昇の傾向を示すから自然増加率は急激に減少し、昭和四十年には最近のイタリーの自然増加率九・七よりやや低く、昭和五十年には最近のドイツの自然増加率八・○よりやや低く、昭和六十五年には最近のイギリスの自然増加率三・五とほぼ同一になる。
    そして昭和七十五年には死亡率が出生率を凌駕して、自然増加率はマイナスー即ち人口の絶対数が減少してくるのである。
    右のごとき統計的推算を以てみるも、我民族将来の発展に対し何人といえども無関心で居る訳にはゆくまい。
    現実に表われつつあるこの危機に直面して根本的一大方策を樹てなければならない事は論議の要はないであろう。
    政府においても最近人口局を設置し、大童(おおわらわ)の対策を講じつつある事は宜(むべ)なりというべきである。
    次に、将来における出生率及び死亡率が近年の低下傾向を持続するものと仮定して中川博士が推算せられた我国将来の人口を示せば次表のごとくである。
    但し支那事変の影響は考慮されていない事を注意しておきたい。
    年次     総数          年次     総数
    昭和一○年  六九、二五四、一四八  昭和六○年  一一八、五五四、二○○
    同 一五年  七三、九三九、二七八  同 六五年  一二○、九一四、○一○
    同 二○年  七八、九八五、五八九  同 七○年  一二二、三二八、四九四
    同 二五年  八四、三三六、四八七  同 七五年  一二二、七西一、七七七
    同 三○年  九○、一○七、四三一  同 八○年  一二二、一八六、六八二
    同 三五年  九五、九五五、七○一  同 八五年  一二○、七三七、七五○
    同 四○年 一○一、六○八、五六七  同 九○年  一一八、四九二、六八五
    同 四五年 一○六、八五七、九六二  同 九五年  一一五、四六五、三八五
    同 五○年 一一一、四五三、三六○  同一○○年  一一一、七七六、七六六
    同 五五年 一一五、三七九、五九六
    右の表についてみるに自然増加率は次第に低下はしているが、昭和七十五年まではプラスであるから同年の人口総数は最高であって一億二千二百七十四万余に達する。
    それ以後における人口総数は減少し初めるのであるが、昭和百年においても昭和十五年の七千三百九十三万九千二百七十八人よりはるかに多くの人口をもつ訳である。
    支那事変の影響を問題外にして昭和百年においても一億以上の人口があるという事は一見力強き感を与えないでもないが、
    ここで注意しておかなければならない事は、昭和七十五年以降我国人口の絶対数は次第に減少する事である。
    即ち民族の衰滅に一歩を踏入れる事である。
    故に昭和七十五年こそは民族衰亡の十字路である事である。
    政府の人口政策確立要綱の目標の一つに「人口の永遠の発展性を確保する事」とあるのは正にこの点に考慮を加えたのであろう。
    以上のごとく各国は固より我日本においての人口動態を検討する時増加率低下という事実は最早各国共一の例外のない一大鉄則となってしまったという事である。
    これが対策として今日まで各国において行われつつある方策としては、周知のごとく現に出生率増加の根本対策として結婚年齢の引下げ避妊及び堕胎の防止を主なるものとし特に我国においては死亡率の高い結核及び幼児死亡率を改善する事である。
    その他の方策としては人口の都市集注防止即ち人口の再分布又民族意識の昂揚家族制度の再確認等であろう。
    しかしながら以上のごとく各種方策なるものはいずれも根源的ではなく末梢的であるから幾分の効果はあるであろうが、到底大勢を阻止する訳にはゆかない事を私は断言するのである。
    一切の事物は原因があって結果がある事はいうまでもない。
    勿論人口増加率低減といえども右の法則の埒外には出ないのであるから、その原因を発見してそれを除去する以外根本的対策なるものはあるはずがないのである。
    しかしながらその原因なるものは今日まで誰もが発見し得なかったというその事も第二の原因であった訳である。
    しかるにその原因ー即ち最初に述べたところの謎なるものを次項に説いてみよう。」 (「明日の医術 第1編」より)

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