農業特輯号の反響.3

2019.11.12 Tuesday 08:43
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    司会 新潟の農家に比べると割合少いですね、新潟では二千円前後、篤農家と言われる人達は三千円前後使うそうです。篤農家も濁りを付ければ毒農家と成りますからね。

       全耕地自然栽培者(一部実施者は除く)
     姓 名   年 数 実施面積  二十六年度反当収量  村平均反当収量 
     D     三年目 一町五畝   八俵一斗      七俵
           四年目
     F     二年目 一町四反三畝 八俵一斗五升    七俵

     E     二年目 九反歩    七俵半       七俵
           三年目
     B     二年目 九反一畝   七俵五升      六俵三斗
           三年目

    浄霊に就て

    司会 提出の報告書を見ますと浄霊はほとんどしないようですね。浄霊の回数は何度位……

    D 浄霊しないと書くのも体裁が悪いので一度と書きましたが、田圃に対しての浄霊はほとんどしておりません。

    F 村人の手前気まりが悪いし、稲に対して手を振るものなら、気狂いに成ったと大変ですよ、家族も「昼間手だけは振ってくれるな」と言うものですから浄霊は全然して有りません。

    司会 皆さんも同調者ですね。

    一同 相済みません……(笑)

    司会 しかし結果において収穫も多く一年目より減収者一名も無く、二年目、三年目と順調な成績にて、信仰者で無くも誰れでも穫れるという明主様の御教えの裏付けをなされた訳ですね。今年は反対に大いに浄霊に依り土を浄めて頂き、その結果を来るべき秋に期待しております。
     

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    農業特輯号の反響.2

    2019.11.11 Monday 08:39
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      苗代に就て

      司会 各地の信者さんが初めては苗の伸びが悪くて困るという事を聴きますがその点について。

      E 苗代の解決が先決問題です。苗取りに一番困ります。佐渡の習慣としては男は苗採りはしない憲法なので、吾関知せずで済みますが、家内の者が近所の家の有肥田に苗取りの手伝いに行き帰って来るとセメテ苗代だけでも何んとかならぬかと口説く。

      D 無理は無いです。根は長く張ってるから引っ張ってもバリバリして中々取れない。上手に取らぬと茎が切れる。束にすると根ばかりで大袈裟に言えば松葉に根を付けたようなものです。

      F 苗半作と言いますから良い苗を作る事が肝心です。

      D その原因は苗代は先祖代々同じ場所を用い、普通田より特に肥料を沢山使用する為肥毒が沈澱して層を成している。私は違う場所を苗代田にしたら非常に良い成績だった。

      E 苗代は先祖より水利の便、水路の関係、日当り、住居との距離、土壌、他人との利害関係を考慮、一番適当の場所を苗代田としておりますので困難が伴います。(一同同感)

      司会 皆さんは自然栽培の先祖と成る訳だから苗代田もその意味において新しい先祖苗代田を造るべきですよ。植付する時の苗の丈は?

      D 六月初めに植付けする時五寸位です。自然栽培の苗は丈は短いと言いますが、実際に計って見ますと、変らんですよ。自然と有肥の苗は茎の長さは同じですが、有肥のは葉が長いので自然栽培のが長く見え難いと思うのです。

      堆肥に就て

      司会 堆肥に就て種々の点をお話し下さい。

      D 堆肥の肥の字が肥料という感じがして面白くない。堆の字は良いが肥の字が感心出来ないですね。明主様にお願いして新語を造って頂けないでしようか。(一同爆笑)

      司会 皆さんも適当の名前を考えて下さい。

      E 私は藁を短く刻んだのを用いますが、田圃に施す時期について、三通り実験して見ました。
       一、十一月頃切藁を田圃の地と混合
       二、春植付前に施す
       三、藁堆肥一切用いず本当の自然
       結果は(一)十一月頃切藁を施す。(二)藁堆肥、一切用いず。(三)春植付前に施す。この順の収穫です。十一月藁を土と混合して置きますと、春になると土がモエテ軟くなり、植付前の砕土作業も能率が上ります。

      D 明主様の御教え通り土が肥料である事は痛切に感じられました。堆肥は肥料に非ずという事も良く判らせて頂きました。私は四年目ですが、収穫の時沢山堆肥入れた田程成績悪く少く入れた田は良い成績でした。全然堆肥用いぬ田が一番収穫が有り、十一俵半位有りました。今年は全然堆肥は用いぬつもりです。明主様の御教え通り、御神書通りに実行させて頂けば絶対間違い無く穫れます。自分で発明すると結果は悪いです。

      G 私の家の前の田は昔より一反六畝程肥料をしませんが非常に成績良く、又昔より同じ品種を作ってますが違う品種を作ると粃(シイナ)が多く減収となります。明主様の御教えの御神書に依り連作の良い事が納得出来ました。

      司会 こちらの農家の一反歩の肥料代はどんな程度です。

      一同 千二、三百円から二千円位です。

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      農業特輯号の反響.1

      2019.11.10 Sunday 08:52
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        司会 救世教本部より明主様御論文「五カ年にして米の五割増産は確実」と題しましたる農業特輯号が日本全国各農業会等に配られました。佐渡にも配布されたと思いますが農業の原子爆弾のその後の反響は如何。

        A 八幡村の農業会の技術員が最近来まして話しますには、自然栽培が余り成績良いので注目はしていたが、配布された『栄光』新聞の農業特輯号を見て「これは研究しなければならない」と非常に関心抱いておりました。

        B 二宮村の農業技術員は「自分の村ではこんな良い米が穫れる」と他村に自慢しております。

        C 自慢にするのは当然ですよ。二宮村農家六百戸の全供出米の中二等米は三十俵程です。それが全部Bさんの自然米です。

        司会 素晴らしいですね。一戸平均五十俵供出としても六百戸にすれば三万俵です。三万俵の中の三十俵ですからこれは自慢の価値はありますよ。

        B 毎年米の等級の基準を定める為に佐渡中の検査員が集り立合検査があるのですが、「このような良い米が出るので、普通米の査定が低くなるので困る」とこぼしております。

        D 二宮村の村長は特輯号が配布されてより「自分の村では何年も前から実行してる者がいる」とやはり他村に自慢しております。

        司会 佐渡は農業特輯号の原子爆弾で案外改心が早いですね。片岡さんの所は村の社交場兼、ニュースの編集元兼、放送局の役目をする理髪店ですから、ここ二、三年間の自然栽培に対する村の雰囲気を簡単にお話し下さい。

        A 一年目=注目、二年目=気狂い、三年目=神様作りは違う。以下全く「チンモク」せり。

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        自然農法の勝利

        2019.11.09 Saturday 09:21
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           今度新潟県佐渡地方の信者の、自然農法成績に関する座談会が開催されたその記事を読んでみると、今までにない快いものがあったのである。というのは自然農法に切換えた最初の年から、一人の減収もなかったという事実で、全部初年度から二年、三年と漸次増収しつつある報告である。しかも私の指示をよく守った人ばかりなのであるが、それは浄霊せずとも増収する事を、如実に示された点である。
           しかし他の信者でも私の説を守らない訳ではあるまいが、どうも長い間の肥料その他の迷信から抜け切れず、ともすれば私の説を軽視しがちで、自分の考えが幾分でも混ざるため、それだけ成績に影響を及ぼすのである。例えば水田は藁を細かく切れといってあるのに、非常に長く切ったり、その土地の習慣上堆肥といっても、糞尿とか馬糞などを交ぜたがる。また指導者の中にも自分の考えが多少混ざる事もよくある。といったように純粋堆肥を使わない人も幾らかあるようだが、充分注意されたいのである。
           という訳で本当を言えば、自然農法においては指導者の必要はないのである。何となれば私の説をよく噛み締めれば、それで充分解るはずだからである。そうして不徹底な人の多くは、技術面に関心を持ちたがるが、本農法に限って技術は大して重視する必要はない。常識で考えただけで沢山である。何よりもこの原理の根本は、肥毒を早く消滅さして、土自体の性能を発揮させればよいからである。


          「おけさ」の島の自然栽培回顧座談会

          場 所 新潟県佐渡郡川原田町諏訪町
                   光陽中教会佐渡出張所
          司 会 光陽中教会副会長 I・T
          日 時 昭和二十七年三月一日午後七時より
          発言者 〔氏名略〕

           佐渡へ佐渡へと草木も靡く、歌の文句で世に識らる「おけさ」で名高い佐渡ケ島、新潟港を船出して佐渡に着く迄三時間、里数にすれば十六里、日本海の荒波が砕けるところ松青く、大佐渡小佐渡が霊と体、互に仲良く抱合す、島の囲りが五十三里、何か神秘の有りそうな。この佐渡ケ島に救世の神の福音伝えられ自然栽培実行する事三、四年、しかも一年目より減収者一名も無く、特に違うところは田圃に対しての浄霊はほとんどせず、明主様の御教え通り未信者でも自然栽培実施すれば必ず穫れると言う御教えを裏付ける結果を見させて頂き、信者でない人達にも参考に成ると思い座談会を開かせて頂きました。
           

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          自然栽培に就いて.3

          2019.11.08 Friday 09:28
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             以上のごとく理論からも実際からも、一点の疑問の余地はないのであるから、農耕者としたら何を措(お)いても一刻も速かに実行に取掛るべきである。そうしてここに誰も気のつかないところに今一つの重要事がある。それは硫安のごとき化学肥料や糞尿を用いる以上、それらの毒分は無論稲が吸収するから、今日の人間は毒入り米を毎日三度三度食っている訳であるから、その毒は健康上どのくらい害を及ぼしているか分らないのである。事実近頃の人間の弱さと病気に罹り易い事と、特に寄生虫患者が農村に多い事など考え合わす時、これが最大原因である事は考えるまでもあるまい。以上によって大体分ったであろうが、この肥料迷信発見こそ、国家国民に対し計り知れない一大福音であろう。
             次に栽培法について誤謬の点が相当あるようだから、ここにかいてみるが、本教信者になって私の説を読んだり、聞いたりしながらも、素直に受入れられない人もあるが、何しろ先祖代々肥料迷信の虜(とりこ)なっている以上無理もないが、この際それを綺麗サッパリ棄ててしまい、私の言う通りにする事である。それについても種子であるが、報告中にある農林何号とか、旭何々などとあるが、これは何らの意味をなさないので、自然栽培においては一般に使う種子なら何でも結構である。つまり肥毒さえ抜ければ、どんな種子でも一級以上の良種となるからである。要は肥毒の有無であって、信者中から何年か経た無肥の種を貰うのが一番いいであろう。その場合種子も近い所程よく、県内くらいならいいが、相当離れた他県などでは成績が悪いから止(よ)した方がいい。それと共に土の肥毒であるが、肥毒が無くなるにつれて快い青色となり、茎は固くしっかりし、分蘖も数多くなり、毛根も増え、土深く根張るから、倒伏も少なく、それらの点でよく分る。そうして堆肥についてまだ充分徹底していないようだが、最も悪いのは稲田に草葉を入れる事で、これは断然廃めた方がいい。稲作はいつもいう通り藁を短く切り、土深く練り込めばいいので、余り多くてもいけない。というのはそれだけ根伸びを阻止するからである。また度々言う通り藁には肥料分はない。肥料は土そのものにある事を忘れてはならない。つまり藁を使うのは土を温めるためで、寒冷地には使っていいが、温暖地には必要はない。これが本当の無肥料栽培である。
             それから土の良い悪いであるが、これも余り関心の要はない。なぜなれば悪土でも無肥なれば年々良くなるからで、連作を可とするのもこの意味である。また浄霊であるが、これは肥毒を消すためで、肥毒がなくなれば必要はない。以上大体気の付いた点をかいたのであるが、その他の事はその場所の風土、気候、環境、位置、日当り、灌漑(かんがい)、播種(はしゅ)と植付の時期等適宜にすればいいのである。最後に特に注意すべき事がある。それは自然栽培と信仰とは別物にする事である。というのは信者にならなくとも予期通り増産されるからである。それが信者でなくてはよく出来ないと誤られると、せっかくの本農法普及に支障を及ぼすからである。事実信者未信者を問わず効果は同様である事を心得べきである。従って浄霊も余り度々行わなくともよい。なるべく人に見られないよう日に二、三回くらいで充分である。つまり出来るだけ信仰と切り放す事を忘れない事である。

            『革命的増産の自然農法解説』昭和28(1953)年5月5日発行

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            自然栽培に就いて.2

            2019.11.07 Thursday 09:01
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               何しろ本農法は、従来のやり方とは全然反対であるから、容易に転向出来ないのも無理はないが、といってこれほど事実が証明している以上、信ぜざるを得ないはずである。以下それらを一層詳しくかいてみよう。まず我国民が先祖代々長年月肥料を施して来た結果、我国農地全部は汚され切っており、そのため土は酸性化し土本来の性能は失われ、人間でいえば重病人の体質と同様になっているのである。その結果作物は土の養分を吸収する事が出来ず、肥料を吸収して育つように変質化してしまったので、全く麻薬中毒と同様である。ところで今までとても農事試験場や農民の中にも、無肥耕作の試験をした事もあったが、何しろ一年目は非常に成績が悪いのでそれに懲りて止めてしまったという話は時々聞くので、この事なども肥料迷信に拍車をかけた事はもちろんである。そんな訳で耕作者は肥料をもって作物の食糧とさえ錯覚してしまったのである。事実自然栽培にした最初の一年目は葉は黄色く、茎は細く余りに貧弱なので、付近の者から嘲笑慢罵、散々悪口を叩かれ、中には忠告する者さえあるくらいで、もちろん肥毒のためなどとは夢にも思わないからである。ところが栽培者は信者である以上絶対信じているので、辛い我慢をしながら時を待っていると、二年目三年目くらいからようやく稲らしくなり、収穫は増えはじめ、しかも良質でもあるので、今度は嘲笑組の方から頭を下げ、自然組の仲間に入る人達も近頃メッキリ増えたという事である。そうして肥毒が全くなくなるのは、まず五年はかかると見ねばなるまい。その暁私が唱える五割増産は確実であって、これが六年となり、七年となるに従い驚異的増収となり、やがては十割増すなわち倍額も敢(あ)えて不可能ではないのである。というのは分蘖(ぶんけつ)は倍以上となり、しかも穂に穂が出るので、そうなったら倍どころではない。一本の茎の実付き千粒以上にもなろうから、到底信ずる事は出来ないのである。
               ここで米というものの根本的意味をかいてみるが、そもそも造物主が人間を造ると共に、人間が生きてゆけるだけの主食を与えられた。それが米麦であって、黄色人種は米、白色人種は麦となっている。それを成育すべく造られたものが土壌である事は、何人も否定する事は出来まい。としたら人口がいかに増えても、その必要量だけは必ず生産されるはずである。もしそうでないとしたら、必ずやどこかに大きな誤りがあるに違いないから、その誤りを発見し是正すればいいので、それ以外増産の道は絶対あり得ないのである。この意味において我国の人口が現在八千四百万人とすれば、一人一石とみて八千四百万石は必ず穫(と)れるはずである。ところが現在は平年作六千四百万石としたら、二千万石は不足している訳で、この原因こそ金肥人肥のためであるから、その無智驚くべきである。ところが喜ぶべし、私はこの盲点を発見し、ここに自然農法が生まれたのであって、これによれば五カ年で五割増産となるから九千六百万石となり、優に一千二百万石は余る事になる。しかも肥料も要らず、労力も省け、風水害にも被害軽少で済、現在最も難問題とされている虫害はほとんど皆無と同様となるとしたら、その経済上に及ぼす利益は何千億に上るかちょっと見当はつかないであろう。この夢のような米作法こそ開闢(かいびゃく)以来いまだかつてない大いなる救いといえよう。私はそれを立証するため、数年前から多くの農民を動員し、実行を奨励した結果、予期通りの成果を得たので、ここに確信をもって天下に発表するのである。しかも報告者の宿所姓名まで詳記してあるから、不審のある場合直接本人に打(ぶ)つかって訊けば何よりである。

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              自然栽培に就いて.1

              2019.11.06 Wednesday 08:53
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                 今までに本紙農業特集号を出したのは、一昨年と昨年と今回とを併せて三回になるが、年々自然栽培耕作者が多くなると共に、その報告も増え、今回のごときは付録として四頁(ページ)も増したくらいである。そこで報告書〔略〕を一々読んでみると、成績は益々よく収穫が増すばかりか、品質も良好となりつつある事で、これも当然とはいいながら喜ばしい限りである。それがため、この実績を見て今まで迷っていた農民達も次々自然栽培に切換えるようになり、一村で一度三十一戸の自然栽培者が出来たという事である。また新潟県佐渡ケ島での実績は、揃って初年度から優良で、信者ならざる農民層がどしどし増える状態で、この分でゆくと数年ならずして全島自然耕作となるのは太鼓判を捺(お)しても間違いはあるまい。しかも別項のごとく〔略〕農林省東京食糧事務所業務第二課長山川達雄氏のごときは、自然栽培を知った二年前から、現地の状祝を審(つぶ)さに調査の結果、予想外の好成績に夢かとばかり驚嘆したそうである。何しろ今までの学理とは全然反対であるから、直に理解が出来ないため、頭脳の困惑に悩んだとの話であるがさもありなんと思われる。
                 以上によってみても、最早良いとか悪いとかの論議の時期は、すでに過ぎたといってよかろう。従ってもしまだ疑念を持つ人がありとすれば、その人は欲のない変人としか思えないのである。そこで大いに考えなければならない事は、現在我国における人口増加の趨勢であるしアレ程骨を折っている産児制限を尻目にかけて益々増える一方である。その上敗戦によって狭められたる国土の事をも思う時、到底安閑としては居れないはずであるにもかかわらず、私は昨年も一昨年もこの特集号を農林大臣始め、各大臣、国会議員、新聞社、全国の主なる農事関係者に配布したが、余り関心を持たれないとみえて、相変らずの誤れる農耕法を続けているのである。そのため一力年数百億に上る金肥は固(もと)より、農地改良費や奨励金等合計すれば実に巨額な支出となるのはもちろん、増産何年計画などといって大童(おおわらわ)になっているが、サッパリ効果が挙がらない事実である。しかもこのような計画は余程前から何回となく繰返しているが、いつも計画倒れに終っている。その証拠には昨年など豊作といいながら、平年作を僅か上廻ったにすぎないのであるから、最早従来の農耕法ではどんなに工夫し骨折ってみても駄目との烙印を捺(お)されている訳である。それだのに確実に大増産が出来る我自然農法を知らしても、蔑視してか研究しようとする気振りもない。それというのも宗教から出たという取るに足らない理由からでもあろうが、まことに困ったものである。そんな訳で政府は何だかんだと種々の対策を樹てては失敗し、年々巨額の人民の税金を無駄に費消しているのであるばかりか、米の輸入も年々増え、現在ですら年二千数百万石の輸入とその代金一千億以上を払うのであるから、寒心に堪えない国家的悲劇である。この悲劇の原因こそ長い間の肥料迷信のためである事で、別項多数の報告〔略〕によってみても充分認識されるであろう。そうして事実を目の前に見ながら、躊躇逡巡(ちゅうちょしゅんじゅん)躊(ため)ろう人も信者の中にさえ相当あるくらいであるから、その根強さは驚くの外はないのである。何よりも思い切って最初から私の言う通り実行した人は、予期通りの好成績を挙げ得たので、なぜもっと早く実行しなかったかと後悔するくらいである。
                 

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                自然農法

                2019.11.05 Tuesday 08:46
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                   今日、日本人ならみんな知っている事だが日本は今、食糧が足りないと言って、政府も農民も一生懸命になっている。ヤレ金肥だとか、ヤレ人肥だとか言って、高い肥料を購(か)って、作物ヘブッかけているが、どうも思うように収穫がない。ヤレ水害だ。ヤレ虫害だと言って苦しんでいる。今年は正に豊作だなんて言って喜んでいるが、それでたった六千二、三百万石と言うのだから実に情ないではあるまいか、一体全体八千三百万の人口をかかえて六千万石とは丸ッ切り問題にならない。神様は人間一人の食扶持(くいぶち)は、年一石としてあるんだから八千三百万の人口なら、確実に八千三百万石穫(と)れなければならないはずだ。だからそれだけ穫れないとしたら、不思議というより外はない。従って神様に向かって大いに談判してもよかろう。神様は人間をドシドシ増やしておきながら、それだけの食い物を与えてくれないなんてどうしたものか、これでは人間は日乾になるばかりだ。神様よ吾々の命をどうして呉れるんだ。一体人間を作ったのは誰なんだ。造物主だか神様だか知らないが、食〔わ〕なきゃ生きていられないように、作っておきながら、生きるだけの食い物を宛(あて)がわないなんて、あんまり酷すぎるでは御座いませんか、神は愛だなんてよくいうが、それはもはや信じられない。一体どうして下さるんです、とまあー仮に神様に向かって談判するとすれば神様はこう仰言るだろう。まずアッハッハーとお笑いになられ、目を開かれて「オイオイ、お前達人間共よ、何を寝呆けているんじゃ、儂はチャンと食うだけ穫れるように、立派な土というものを拵えてやってあるんだ。それをどう間違えたものか、お前達は鼻も撮(つま)めない、臭い臭い糞尿などブッかけたり、そうかと思うと硫酸なんていう劇物や、小便粕みたいなアンモニヤなんていう汚いものを有難がってブン撤くじゃないか、だから土は散々汚されてしまうので、どうする事も出来ないのだよ」。そこで土が言うには「いくら俺自身が働きたいと思っても、汚され切ってしまったんだから、手も足も出ないじゃないか、だから人間がこれに気が付かないとすれば、俺は時節の来るまで我慢して碌々(ろくろく)働かないで、じっと待っているばかりだよ、実に人間くらい馬鹿な奴はないと呆れているんだ。可哀想だと思っていくら人間が食うだけのものを作ってやりたくも、手足を縛られていては、どうにも働けないのだから、俺は苦情をいいたいが、人間と違って喋舌(しゃべ)る事が出来ないので困っていたんだ。ところが今度メシヤのオッさんが大いに同情して、それを人間共に知らしてやると仰言るので、これ幸いとこの通り頼んだんだよ。だから早く目を醒まして、これからは余計な事をしないで、土をウンと奇麗にして作ってみなさい。今の倍や三倍はお茶ノコサイサイだよ。また虫が湧いたといい、ヤレ消毒薬などといって変な粉をブン撒くが、これも可笑しいよ。なるほど虫は死ぬが、その粉が土に浸み込むので、土は弱って反って虫が湧く因になるんだ。実にこれ程の馬鹿野郎はあるまい」と土はホザクんだから、「人間共よこれで少しは判っただろうから、今度メシヤの親父によく聞いてみなさい。しかしこの頃はどうやらボツボツ判った百姓もあるので、儂もやっと胸を撫で下したという訳だよ」とのお言葉である。
                   このような神様の御託宣であるから、百姓君よ、もういい加減に我を捨て、鼻を折って、親父の言う事をきく事だよ。そうすれば米なんか今までの倍くらい出来るのは屁の河童(かっぱ)だよ、その上働くのも今までの半分で済むから、まず四倍の徳〔得〕になるという訳だ。どうです農民諸君、こんな素晴しい自然農法というものが出来たんだから、一日早ければそれだけ徳になるんだよ。だから素直に言う事を聞くのが、利巧というものだよ。
                  『世界救世教早わかり』昭和25(1950)年11月20日発行

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                  地球は呼吸する

                  2019.11.04 Monday 09:24
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                     あらゆる生物は呼吸しているという事は誰も知っているが、実は植物も鉱物も、その他万有はことごとく呼吸している。そうして地球も呼吸していると言ったら、ちょっと意外に思うかも知れないが、左に説くところによってなる程と肯くであろう。
                     そもそも、地球は一年に一回呼吸する。息をはき始める時が春で、漸次吐きつつ極点に達した時が夏である。地球の吐く息も人間と同じように温かい。それは地熱の放散によるからで、春になればそれが濃く、万有は生育しはじめ、まず草木が萌え始める。あらゆる物は上方に向かって伸び、人間も浮き浮きする。夏になるに従い草木はいよいよ繁茂し、極点に達した時、今度は地球が息を引き始めるから、草木は凋落し、万物はすべて下降状態となり、人間も冷静になる。それがまた極点に達したときが冬であって、これが大自然の姿であるが、地球が吐く息は地の霊気で、科学でいう窒素であるから、草木が成長するのである。この窒素なるものは、不断に上昇しつつ空気の存在する高さまで上昇集積され、雨によって再び地中へ還元する。これが天然の窒素肥料である。この意味において、空中から特に窒素を採り、それを肥料にすることは過っている。なる程、一時は窒素肥料によって作物の収穫が殖えるが、長く持続するときは、土壌は窒素中毒を起こし、痩土と化す。その理由は、窒素過剰結果として土壌自体の活動力が鈍化するからである。人も知るごとく、窒素肥料は第一次欧州戦争のとき、ドイツにおいて発明せられたものであるが、戦時に際し一時的収穫を増そうとする場合、その目的に適うからよいが、戦争が済み、平時となればやめるべきである。
                     次に、太陽の黒点について昔から種々論議されているが、これも太陽の呼吸運動である。黒点は十一年目に増大するといわれているが、増大する時ははく息が極点に達した時である。また今までよく言われた、月の光は太陽の光の反射であるとされているが、同様太陽の燃えるのは、月からの水気による事を知らなくてはならない。また、月は二十八日で盈虧がすむが、これも月の呼吸運動である。

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                    ユダヤ医学と物質文化.8

                    2019.11.03 Sunday 09:07
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                       神武天皇以来いろんな戦争で、平和より戦争の方が多かったのです。それから権力争いです。そういう事のために下積みになっていた。私は大和民族の頭領なのです。ですからこれからいよいよ大和民族が出てくるのですが、大和民族というのは日の系統です。いままでの世界というのは月の世界、夜の世界だったからして、月が出ている間は太陽は地球の裏側になって暗闇になっていたというのが、今度愈々太陽が出て、月の夜が隠れてしまう。そこで昼の民族というのが大和民族です。大和民族の中心というのが私です。それで日の神様が守護しているのです。それで火素が出て病気が治るという事になるのです。(8148)
                       根本は世界的大浄化で、大浄化は汚れたものを掃除するのであるから、汚れたものは危ない意味になる。霊的に曇りの少ない人は救われるので、できるだけ曇りを少なくする。それにはどうしても根本的信仰という事になるそして人間全体が神に手を合わすこととなる。「世界の人民は一旦は顔が青くなるぞよ」とある。…
                       メシヤという神は国常立尊という審判の神様で、これは永久的のものでない。ある時を限られたお働きで、長い。
                       一厘の種はメシヤとは違う。神様のやられること、計画は非常に深く絶対分らぬ。経綸は最高の神たる国常立尊様でも分らぬと仰せられる。経綸の主体は大弥勒の神で、この神が経綸の中心である。キリストや釈迦もぜんぜん判らぬ。必要だけの事しか判らぬ。神秘である。最高の神でも判らぬ。お筆先に「神界の事は判らないと思う人は判ったのである」と。
                       世界の種々な事は、根本の神から出ているので、人間が気をもんだり、とやかく言うのも馬鹿馬鹿しい。最高の神の経綸は、善悪両方を造って操っておられるのが神である。今度は随分苦しんだが、怒っても仕方がない。神様が使って、立派な仕事が出来てゆく。ただ悪魔は一時的で勝たぬ。いままでは神が勝つのが遅かった。今度は早くなって五六七の世になる。(3353)
                       本当の大きい事からいうと九分九厘…神は一厘になっている。悪の方が一厘でも勝つとすれば、世界は崩壊している。そこで九分九厘と一厘…あるいは神は十全とね。だから大本教のお筆先に「大本は一厘の仕組みであるから、一厘の御霊が出たら世界はひっくり返るぞよ」というのがある。一厘で、手の平を返す。で、一厘というのは、つまり私なんですよ。これは先にも話したことがあるが、ある人から古銭…天保銭を一枚、五〇銭銀貨、昔の一厘銭を一枚と、三つもらったことがある。天保銭は年号は書いてありませんが、…大本教の教祖というのは天保年間に生まれた人で、聖師様は明治四年に生まれた。そうすると、五〇銭銀貨というのは、明治四年なんです。私は一厘だから一厘銭をもらった。だから、大本教の教祖は経の御魂…変性男子ですね。変性女子は聖師様で、聖師様は緯の御魂であるからとね。経と緯を結んで、真ん中のポチだね。つまり心棒みたいなものが一厘になるわけです。で、一厘で手の平を返すと言うのは…私がやっていることは、一厘で手の平を返す事になる。いままでのあらゆる間違った文化ですね…それをはっきりさせるために…ひっくり返っちゃう。ただ、理屈だけじゃ駄目だから病気は薬をなくして治して健康にしてしまう。それから、食糧でも…作物でも、肥料を使わないで増産する。農業をひっくり返しちゃう。それから、犯罪は魂さえ神様と繋がれば犯罪はなくなる。と、みんな一厘でひっくり返すという意味になるんだね。夜の救いが昼の救いになる。つまり、暗が昼間になるというわけですね。神様の方はそういうふうに決まっているんだからね。(4370)

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